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伝承の話

世界にはアルファと呼ばれる血を持って生まれた者と、人口の大多数を占めるベータと呼ばれる血を持つ者、オメガと呼ばれる血を持って産まれる者がいた。 アルファはこの世界の強者として君臨し、肉体的にも恵まれ、魔法をも操った。 上級種のアルファは国を一つ滅ぼせる程の力を持っているとされ、特級種ともなれば世界を変えると言われた。 絶対強者は男女に関わらず、他者に子種を孕ませる術を持っており、そう言った意味でも強者であった。 オメガは肉体的に弱い者が多く、成人できる数は極端に少なかったが、見目の麗しい者が多く男でも女でも子を身籠る事が出来る体を持っていた。 普段は内向的なオメガだったが、発情期(ヒート)に入るとアルファ、ベータを問わず誘惑するフェロモンを発し……快楽に囚われる為、性犯罪に巻き込まれることが多かった。 体力もなくヒートに入ると働くことも出来ないため、オメガは子を産むためだけの存在と蔑まれた時代があった。 そんなオメガの運命を変えたのは、帝国の始皇帝となったアルファ。 この世界が熾烈な領地争いで地塗られていた時代。 一人のアルファが戦地に降り立った。 疾風迅雷の進撃に誰も敵うものはいなかった。 全ての国を撃ち取り、アルファは帝国を築き皇帝となった。 皇帝となったアルファの願いはただひとつ、愛する恋人のオメガが安心して暮らせる国を作ること。 『運命の番』という数百年に1度あるかないかの絆で結ばれた二人。 理想の国を作る事が皇帝からオメガへの真摯な求愛だった。 しかし、統治される以前に悪事で私腹を肥やしていた者達にとって悪を許さない皇帝は邪魔だった。 再び戦争を起こし私服を肥やそうとする者達の策略により、送り込まれた非道な暗殺者達の手によって『運命の番』となるはずだった恋人のオメガを凌辱され……殺害された皇帝は怒り狂い……『特級種のアルファ』へと覚醒した。 アルファの怒りは炎で世界を焼き、風で世界を吹き飛ばし、雷の雨を降らせ、水で世界を洗い流した。 全てを洗い流したアルファはオメガの亡骸を地に埋め、その場所で……その身を樹木へと変えて世界を呪い続けた。 皇帝の意思を継ぐ者達は、皇帝の怒りを鎮めるためにオメガ保護法を取り決めオメガを傷つけた者を厳しく罰した。 皇帝の願いであった、オメガが安心して暮せる国を作るため……。 こうしてオメガは保護され、優遇される事となった。 長い年月が経ち……アルファの樹は森の中に飲み込まれていった。 医療の発達で、短命とされていたオメガの数が増えアルファの数を大きく上回る結果となりアルファを巡るオメガ同士のいざこざが増えた。 そして、保護され優遇されたオメガは、本来の控え目な性格を徐々に失い、アルファの威を借りて傍若無人に振る舞う様になっていった。 皇帝の影響も薄れてきた昨今ではオメガを疎ましく思う者も少なくなかった。 アルファはその性質から庇護欲を掻き立てる者を望んだが……オメガのヒートに抗えず、愛の無い番が増え続け、番への執着は薄れていった。 美しいオメガを抱え、優秀なアルファを釣るエサとしたり、接待に使われたりと、オメガは政治の道具としても使われ始めた。 そして帝国の目の届かない、闇の世界では今でも娼館で働かされ、奴隷として売買されるオメガも居た。 アルファとオメガは産まれるとすぐに分かる。 祖先の名残を残して産まれてくるからだ。 アルファは金色の瞳と牙を、オメガは獣の様な耳と尻尾を持って産まれてくる。 貧困に悩む農村部では、アルファが産まれれば出世を夢見て大切に育てた。 オメガの子供は……安い金で売り買いされていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ある日、親の為に薬草を採っていたオメガの少女が盗賊に追われ、ある森へと逃げ込んだ。 少女を追って森に入った男達は、ある者は腕を失い、ある者は足を失い、またある者は命を失った。 少女だけが無傷で森から帰って来た。 オメガでは持つことの無い治癒の魔法を得て……。 少女は森の奥には賢者様がいて力を与えてくれたと答えた。 少女は魔法で親を治癒し幸せに暮らしたが、皇帝の怒りがまだ続いている事を世界は知った。 それ以来、その森は『賢者の森』と呼ばれ、オメガを傷つけた者は森に裁かれると恐れられる事となった。

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