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淡い想いの話

ここはゼルラ―リック国のオメガの保護施設。 親に売られ人身売買等の犯罪に巻き込まれていたオメガを保護する為の施設。 精神が壊れる程の扱いを受けたオメガは帝国の施設で手厚くケアされるが、売られる前だった者や心の落ち着いている者は地方の保護施設に任せられる。 しっかりとした食事、清潔な環境、勉強も教えてくれるし遊びもいっぱい教えてくれる。 先生も優しいし、大きくなった後の仕事も斡旋してくれる。 アルファと出会い恋に落ちて番となって施設を出ていった者もいた。 ……だけど……。 僕は早くここを出ていきたくて仕方なかった。 僕は小さい頃から数年、男娼としてアルファやベータの客を相手にしていた。 僕の首には沢山の噛み後が残る。 ヒートはまだ迎えて無いから番はいないけど……アルファの客は良く噛みたがった。 オメガの娼婦だった母親。 僕は娼館で生まれ、娼館で育った……『当たり前』の様に生きる為に体を売らされた。 ベータは嫌い……アルファはもっと嫌い……。 良いアルファと出会える様にと働きかけてくる施設も嫌い。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 両側に騎士様を連れたリンドール様が歩いて来るのが見えた。 「リンドール様!!」 リンドール様はオメガで、この国の王妃様。 それなのに自らオメガの保護施設へ足を運んで、こうして僕たちと遊んでくれる。 白に近いシルバーのふわふわの尻尾。 アルファは白い毛を好む……白に近いほど美しいと言われているけど、リンドール様は僕が見た中で一番綺麗なオメガだ。 前の王様がオメガの人身売買の組織の存在を知っていながら放置をしたとして捕まった時、帝国から領地を奪われ国が小さくなり、今のマリユス王になって国民と王室の距離は縮まったんだと聞いた。 この国の人は皆、王様と王妃様が大好き。 僕もリンドール様は大好き。 僕の事を『哀れみ』も『嫌悪』もせずに接してくれる。 僕にアルファと番になれなんて一度も言わない。 僕がアルファなんて嫌いだというと『一緒ですね』って笑ってくれた。 マリユス王はアルファなのに? マリユス王は別なんだと、アルファだからじゃなくマリユス王だから好きなんだと笑った。 僕もリンドール様みたいに誰かを好きになって笑えるようになりたい。 「こんにちは、セルジュまたその本を読んでいたんですか?」 「うん!!この本大好き!!僕もこんな旅に出たいなぁ……」 囚われた、運命の番であるオメガを助け出した特級種のアルファが、外の世界を見たいというオメガの為に自由に旅をする冒険記。 僕でも読めるわかりやすい言葉で書かれていて、自分の物の様に持って歩いている。 新作が出るとリンドール様が施設に寄贈してくれるけど……早く自分のお金でこの本が買える様になりたい。 「いろんな魔獣が出てきて戦闘シーンはドキドキするし、食べ物も本当に美味しそうに書かれてるし、綺麗な風景は目の前にその風景が広がるし……僕も旅に出たいって気持ちにさせられるの!!」 「……ですって、ハンソンさん良かったですね」 リンドール様に微笑まれて、隣に立つ騎士様が恥ずかしそうに頭を下げた。 「へ……?」 「ハンソンさんはその本の作者なんですよ」 「え!?この騎士様が!?特級種のアルファなの!?」 リンドール様の側によくいるけど、いつもにこにこしている騎士様。 全然アルファっぽくないのに。 「いやいや、アルファなんて畏れ多い!!モデルは元上司の方です。旅先から手紙を送ってきてくれるのを俺は物語風に書き起こしているだけですから……」 「文章力はハンソンさんの才能ですよ」 クスクスとリンドール様に誉められて、ハンソンさんは真っ赤になって俯いた。 うん、リンドール様は綺麗だもんね。 大きく開けた口に牙は無いからベータだった。 ハンソンさんの服の裾を引っ張る。 「ハンソンさん、リンドール様にはもう王様って番がいるよ?」 「なっなっ何を言い出すんだっ!?申し訳ありません!リンドール様!!」 さらに顔を赤く染めて慌てるハンソンさんにリンドール様ももう一人の騎士様も声を上げて笑っていた。 「騎士様リンドール様は諦めて、僕をこの本の主人公の様に冒険に連れて行って下さい」 騎士様の顔を真っ直ぐに見上げると真っ赤な顔で軽く僕の頭を小突きながら困ったように笑った。 「頭の中でいいならいくらでも旅に連れて行ってあげますよ。まだ本にしていないネタもいっぱいありますから」 それから……本を独占したように騎士様が来てくれた時は騎士様を独占した。 いっぱい話をせがんで、いろんな事を教えてもらった。 僕は……いつしか本物の冒険者を夢みていた。 その時は……騎士様が一緒に冒険に出てくれたら良いのになぁ。 この時はまだ、恋と呼ぶには淡過ぎるささやかな願いだった。

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