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番ではない二人の話
「セルジュ、始まりましたよ」
軽く体を揺すられて目を開けると真っ暗な空へ向けて幾つかの青い光が空へ飛んでいった。
モルシャン蝶の羽化。
青く光り輝くその蝶は一年に一度、一斉に空に羽ばたいていく。
三日前程から見晴らしのいい近くの山でその時を待っていたのだ。
初めは数える程だったその光は徐々に増えていき、息をのむ程の無数の光が森の中から飛び立って空中で乱舞している。
そして光は散り散りになって遠い空へ散っていった。
それは……一瞬の出来事だった。
「……圧巻でしたね」
にっこりと微笑むハンソンさんにコクコクと頷いた。
「本で読んで想像してたのより何倍も何十倍も綺麗でした」
蝶達が飛んでいった空の向こうをずっとみつめ続けた。
ハンソンさんと結ばれて……ハンソンさんは何も変わらなかった。
その事が、ずっと前から僕の事を愛してくれていたんだと言ってくれているようで……変わらない優しさが嬉しくて仕方ない。
「明日はどこへ向かいましょうか?フォーリアの滝もいいですし……リリカナ海もいいですね」
ハンソンさんは僕をいろんな場所へ連れて行ってくれる。
「嬉しいけど…そんなに気を使ってくれなくても良いんですよ?」
物語の世界へ連れて行ってくれるのは嬉しいけど、いつもハンソンさんに任せっぱなしで申し訳ない気もする。
ハンソンさんはニコニコ笑いながら僕の手を握った。
「俺がセルジュを連れて行きたいんです。確かに『ホタル』のモデルはマシロさんでしたが……途中から俺の夢へと変わって行きました。今の『ホタル』は君です。セルジュ」
「僕……?」
「セルジュと一緒に旅をしたい……番になりたい。『ホタル』と『フィル』にセルジュと自分を重ねて書いていました。『フィル』が『ホタル』に向けた愛は俺からセルジュへ向けたものです……俺の夢……叶えてくれますか?」
『ホタル』が……僕?
あの物語から伝わっていた愛はマシロさんではなく僕に向けていてくれた……ハンソンさんの愛の大きさに……あまりの幸福感に腰が砕けた。
「……僕で……良いんですか?」
「セルジュこそ……俺で良いんですか?ずっと逃げ回っていた卑怯者ですよ?」
卑怯なんかじゃない……受け入れて貰えない時は寂しかったし、辛かったけど……それも全て僕の幸せを願ってくれていたからで……。
「ハンソンさんが……好き。ハンソンさん以外は嫌です」
座り込んだままの僕の体をハンソンさんが抱き上げてくれた。
「セルジュは?どこに行きたいか……何がしたいか要望はありますか?」
「僕は……街へ行って……名物料理を食べてみたいです」
「……街へ?……大丈夫ですか?」
前に街で絡まれてから、ハンソンさんは街を避けてくれている。
「……怖いけど…今はハンソンさんに愛されてる自信があるので強くなれそうです……ハンソンさんと一緒に美味しい物を食べて一緒に幸せを味わいたいです」
ハンソンさんは泣きだしそうな顔で抱き締めてくれた。
ハンソンさんが側に居てくれたら……どんな人の目だって気にならない……ずっと側に居て……。
突然、ポケットから強い光が漏れだした。
「な……何?」
慌ててポケットに手を入れると光っていたのはホタル石だった。
「ど……どうしよう!?ハンソンさんっ!!」
ホタル石がこんなに激しく光るなんて聞いたことが無い。
動揺する僕とは正反対にハンソンさんは落ち着いて笑っている。
「落ち着いて……悪いものでは無さそうです……むしろ……」
ホタル石を乗せた僕の手をハンソンさんが両手で包んでくれた。
ハンソンさんの手が重なった瞬間、光は散って花吹雪の様に僕たちを包み込み……僕たちの体の中にどんどん吸収されていく……。
「い……嫌な気はしないけど……何?」
「この気は……隊長の気ですね……」
「?…ティオフィルさんの気……?」
『気』と言われても……僕には気は読めない。
全ての光が体内に入り込むと……。
なんか変な感じ…ハンソンさんのいる方へ体が引っ張られるというか……。
「セルジュに引かれますね」
ハンソンさんが手を差し出して来る。
「ハンソンさんもですか?」
お互い引かれ合っている。
「マシロさん…ですね…セルジュが幸せになるように願いを込めてくれたんですね……離れるなって事じゃないですか?」
指を絡め握り合った僕の手に嬉しそうにキスをしてハンソンさんは笑った。
僕たちは一生『番』にはなれないし、この先、何処へ行っても怪しんだ目で見られるだろう…でも世界中の人が認めてくれなくても僕たちの恋を応援してくれている人がいる。
それだけで僕たちは幸せになれる予感がした。
紙の上だけの想像の産物じゃない……。
僕とハンソンさんの本当の物語を紡いでいこう。
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