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まねきいれる 01

「桑名さん、来週の日曜日お暇ですか?」  同じフロアの別チームの女性に声をかけられたのは、最近にしては珍しく定時でタイムカードを切った後のことだ。  入社当時から美人ではないがかわいい系として男性社員の心をかっさらい、去年ついにひそかに付き合っていた男性と結婚、というフロア内男性社員が何人かガチ泣きする事態を引き起こした東雲ナツさん……だったと思う。  同じチームになったことは無いので、仕事ができるのか否かはよく知らないが、飲み会等では気がきく系女子だった。一時期巻もナツさんフリークだったおかげか、無駄に名前だけは知っている。  珍しい人から声が掛ったものだと思いながら、日曜は友人と出かけようかみたいな予定が入りそうで微妙なんですけど何かあります? と訊き返す。  本当は予定なんか無かったが、まあ、木ノ下くんが暇ならばたまった家事を片づけてから外食に引っ張って行くのもいいなという勝手な予定は組んでいた。 「ええとですね、フロアの社員たちでバーベキューしようっていうお話があって……ここのところ忙しかったのがひと段落したし、今ここで遊ばないでいつ遊ぶんだって、うちのチーム張り切っちゃってるんですよ。もしよければ、桑名さんの方のチームの方もご一緒にはしゃがないかなーとかそういう話が出てまして……」 「あー。夏も終わりますもんねぇ。この夏うちの会社のスケジュール鬼畜でしたもんね」 「そう、もうみんなぐったりしちゃってて! 同期とかチーム同士のゆるい集まりなんで、ご夫婦とか恋人とかご友人とか、一緒でもいいよっていう感じなんですけど……そちらのチームの方もご参加くださると、でっかいキャンプ場にしよう案が有利なんですよ」 「……東雲さんはでっかいキャンプ場派っていうわけですか?」 「えへへ。そういうところ好きなんです。せっかくなら住宅街のガレージなんかより、ちょっと遠出したくないですか?」  まあ、確かに。人数が集まるものならばそういう場所も安く使えることだろう。  新入社員当時は大学時代の仲間とたまにそういうところを利用したもんだけど、そういえば最近は出かけると言っても買い物がせいぜいだし、遠出すらしない。  たまにはそういうのも楽しいかもしれない。  でも木ノ下くんひとりにしておくのも怖いし連れて行くっていうのも、どうなのか。東雲さんは旦那さんとセットで参加だろうし、うちのフロア連中は案外リア充が多い。カップルまみれに中に、木ノ下くんを連れていくのって結構な勇気なんじゃないかなと思う。  ちょっと他のみんなに相談してまた声かけます、と前向きに返答して、まだごねごねとパソコンに向かっている巻の肩を叩いた。 「……巻、帰んねーの?」 「帰れねーの。いや終わってるんだけどさ仕事はさ、今さうちさ、田舎っていうか本家の刀自様来ててさ絶対おうちに帰りたくねーのだから残業してお時間つぶしちゃおうかしら、なんて」 「相変わらず一般人には理解しがたいな寺。刀自とか俺、小説でしか読んだことないわ……」 「ちょう怖いっすよ。まじ横溝正史っすからね。畳の間にぶわーって親類並んでひとりずつごあいさつとかそういう行事ありますからね。だから巻ちゃんはしこしこと明日の作業を前ノリでこなすのデス」 「うち来る?」 「え、やだよ。おまえんちおっばけやーしきーじゃん。嫁も居るし。ていうか嫁が居るし。お邪魔したらいやーデショーむしろはよ帰ってメシ作って食わせてやんなよ旦那様」  嫁が腹すかして死んじゃうでしょ、と笑われ、まったく本当に口は軽い癖に憎めない奴だな、と心の中だけで褒めた。口に出すと調子に乗るからダメだ。  とりあえずさらっとキャンプの話をしてみたら、お祭り好き合コン好き女子好きの巻はまあ予想通り乗り気になっていた。  嫁連れて行こうよと笑われ、俺が木ノ下くん連れて行くのってぶっちゃけ客観的にどうなのって訊いたら『アウトだけど面白いからホモキャラ推してこ?』と言われたので、とりあえず頭殴った。 「痛い! 本当のことを! 言っているだけなのに!」 「……別に友達にカミングアウトするくらいならいいけどさ、一応社会の中で生きて行く上でめったなこと言えないだろ。偏見ないっつっても、実際問題じゃあ平等なのかって言えば、そういうこともないだろうしさ。あと別に付き合ってない」 「……え。え!? ちょ、付き合ってな、え!? いやいや。いやいやいやいやどう見ても嫁じゃん!? この前のお祓いの時だってもうずっと桑名さん桑名さんってべったりだったしその割に桑名が大丈夫って言うと照れっとして俯くあのイケメンの美少女力はどう考えても出来あがってる恋人様のご様子じゃないの付き合ってないとかなんなのひとり身の巻ちゃんに喧嘩うってんのか、あぁん?」 「なんでお前が切れてんだよ」  実際お付き合いしましょうという告白がなくても、なんとなく恋人になることは、まあ、あるだろう。恋人や夫婦の全てが、好きです付き合いましょうというセリフを経て成立しているものじゃない。なんとなくそういう流れになる、ということもある。  雰囲気としてはそれに果てしなく近いけれど、でもたぶん付き合ってはいない筈だ。  あんまりこう、好きだよ感全開にすると、木ノ下くんも生活しにくいんじゃないか、とか。そういうの考えてしまうと伸ばした手をひっこめる形になってしまう。  ほぼ毎日同じ布団で寝ているというのに、なんとも微妙な関係だ。 「え、じゃあさー桑名木ノ下夫妻はまだホモしてねーの?」  帰り支度を始める俺を見上げて、巻が首をかしげる。 「何、ホモするって」 「せっくすにきまってんでしょうがーこのカマトトホモ」 「カマトト……いや、お前の日本語が独特すぎて伝わらんだけだろ、すり身の食い物みたいに呼ぶなよ」 「カマトトホモっておいしそうよね? で、してねーの?」 「……あー。してない、かな?」 「何で疑問形なのよムッツリスケベ」 「いやだからまあ普通にエロいって。それ木ノ下くんにも言われるんだけどさ、俺健全な二十八歳成人男性ですよ。枯れてないし特殊性癖とかでもないし。普通にそういうことも考えるし」 「桑名っちはさーぁーなんかさ、そういうの一切興味ないよ君が笑ってくれれば僕はそれでおなかいっぱいさ☆ みたいな顔してるからちょっとエロ発言するだけでムッツリっぽく見えちゃうのよねぇ。損よねぇ~オレなんかただのおっぱい星人認定されてるのにねぇ~」  それは巻が飲み会の毎におっぱいについて熱く語っているせいだし自業自得だと思う。 「おっぱいは正義なのにな。木ノ下くんの平らなお胸のどこに欲情するのかおっぱい星人にはさっぱり理解ができないけどまあ桑名っちがおホモでもどMでもロリでもショタでもお仕事仲間としてそして友人としていつまでも足ひっぱって行く心意気だからどうでもいいんだけどねー」 「どMでもロリでもショタでもないけどな。俺もまあお前のこと案外頼りにしてるよ。この前のお祓いはちょっとすかしたかもしれないけど」 「うふふ。あれは俺もちょっとドウカナッテオモイマシタ。霊能者なんて大半があんなもんなのかもね。最初に霊視してくれた奥襟さん、中々連絡取れなくてさー。適当にネットで探したらあのザマよ。めんごー」 「いや、巻き込んで申し訳ないのはこっちだから。その辺はいいんだけど、まあ、帰るわ、木ノ下くん心配だし。あとバーベキュー、残ってるやつとか帰った奴に暇だったら確認しといて。幹事誰か確認してないけど」 「りょー。lご自宅でなんかあったら今日は駆けつけられるから仰ってちょうだい。ぼかぁ会社が閉まるぎりぎりまで頑張る所存であります」 「……まあ、がんばれ」  帰りたくないという男に、無理せず帰れよというのもどうかと思い、微妙な激励の言葉になってしまう。  庶民にはわからない世界だなぁと思いつつ、とりあえず木ノ下くんあてに『今から帰るけど何か買うモノとかある?』という旨のメッセを送った。ついでに毎度のように何もないか、大丈夫かという言葉も癖のように添えてしまう。  電話に思わぬ妨害が入る確率が高い為、木ノ下くんとのやりとりはラインかメールが主になっている。  すぐに返信が来て、あーもう家にいるのかなーと思いつつ画面を確認して足を止め、思わず出てきたばかりのフロアを振りかえった。  大きなプロジェクトは無いがしかし、何人かは自主的に残業をこなしているため、ちらほらと人影も目立つ。その中には、先ほどまでどうでもいいような話をだらりとしていた、巻の姿もあった。  確かに、あった。 「……………」 『今、巻さん来てるんで、怖いのとかは平気です。ゆっくり帰ってきてくださいね』  もう一度視線を携帯に落とし、さらにフロアを見る。何度見ても巻はそこに居たし、何度見ても文字は変わらない。巻さん来てるんで、という文字の意味が理解できなくて、何がおこっているのか想像する前に背中に鳥肌が立った。  何が来ているのだろう。  何が、部屋の中に上がっているのだろう。  ……何が、木ノ下くんと一緒に居るのだろう。  深く考えてはいけない。逃げだしそうになる。でも、木ノ下くんを置いて逃げられるわけがない。とにかく、一刻も早く、木ノ下くんを助けに行かなければいけない、ということだけはわかる。真っ白になった頭の中でそれだけは理解していて、走り出そうとした後に慌てて引き返してフロアの中に向けて叫んだ。 「巻、悪い手伝え……!」  ゆっくりだなんてとんでもない。  全力で走らないと、きっと後で後悔する。巻も申し訳ないが付き合ってもらう。ひとりで対抗できるかなんてわからないから。 (……、せめて、正気保って、ますように)  とにかくそれだけ祈った。

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