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第7話

「このバカがッ!!何をしてたんだ、役立たずめ!!」 ガツッと嫌な音が頭蓋骨に響いて目の前が真っ白になり、気がついたらマシューの眼前には無駄に煌びやかな装飾が施された天井が広がった。 ドスドスと耳障りな足音を立てて奴隷商の主人はマシューに近寄ると胸倉を掴んで無理矢理身体を起こし、至近距離で凄んだ。 「買い物も満足に出来んのかこのグズ!!今日はお前の飯は抜きだからな!!わかったらさっさと出て行け!!」 獣の血が色濃く残る毛むくじゃらの顔を真っ赤にして主人はマシューを部屋から無理矢理追い出した。 ぼんやりとドアの外で力無く座り込んでいると、主人の大きな大きな溜息が聞こえてくる。 「全く…アレの母親は女のΩで高値で売れたのに…兎でも男のβじゃあ二束三文だ、あの穀潰しめが…」 それ以降は、ブツブツと何かが聞こえるだけで内容は聞き取れなかった。 物心ついたころから言われ続けたことだ。お前には商品価値がない。 兎は力も知性もない下位の獣人に違いないが、発情期が特に激しいことから兎のΩは性奴隷として非常に人気が高い。Ωでなくとも、女であればそれなりの高値で売れる。高値で売買されることから、身分は奴隷でもいい生活ができることが多いのだ。 マシューの母親が正にそうだった。この奴隷商店でも特に良い部屋で過ごし、マシューを産み落としてすぐに良い身分の貴族に買われていき、その後一度だけ顔を合わせた時はとても高そうなドレスを着せられていた。あれがお前の母親だと教えられてもその実感も情も湧かなかった。 父親は知らない。どこかの貴族かもしれないし、奴隷仲間の誰かなのかもしれない。発情期を起こしたΩの母が避妊に失敗して出来た子だと教えられた。 奴隷だった母がどうやって十月十日胎の中でマシューを育てたのか、とにかくマシューは奴隷商店で生まれ奴隷としての価値すらなく育った。 マシューは男のβ。女のように柔らかくも無ければΩのように発情するわけでもない。 せめて女だったら、せめてΩだったら。何度思ったか知れないが、しかしその度に悩むのだ。奴隷商店の雑用として虐げられる今よりも、どこぞの誰かに股を開くだけの奴隷であることが果たして幸せなのだろうか、と。 マシューはゆっくりと立ち上がると、とぼとぼと廊下を歩く。すれ違った奴隷にぶつかって舌打ちされた。 そして辿り着いた先は、階段下の暗くて狭い部屋。本来なら物置だろうそこで、マシューは生活している。 今夜は夕飯はもらえないだろう。お腹が空く前に寝てしまおう。 マシューはのろのろと着替え始める。ズボンを脱ぐ前にポケットから一枚のハンカチとキラリと光る指輪を取り出した。 こんな高価なもの、いただけない。 もしまた会うことが出来たら返さなければ。 「リチャード様…」 温かい人だった。 世の中には優しい人もいるのだ。 またいつか、誰かの優しさに触れられますように。 マシューは薄い毛布をかぶって、指輪を握りしめたままそっと目を閉じた。

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