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第8話

マシューの朝は早い。 日が昇るか否かの時間に起きだし、店中を掃除してゴミをかき集めて捨てに行く。主人や奴隷たちが今日一日を気持ちよく始めることが出来るように。 「ねぇ、なんだっけお隣の国の…すごい王子いるじゃない?」 「お母さん、あそこの王子様はみんな凄いんだよ。ラインハルト王子のこと?それともリヒャルト王子?あ、それともジークハルト王子?」 「わかんないわよぉ、そんな似たような名前…なんかね、いなくなっちゃったんだって!戦場から帰ってきて次の朝にはもう側近を連れて忽然と!働き者よねぇ〜それにひきかえこの国は大丈夫なのかしら…」 今日も床をピカピカに磨いたマシューは駆け足でゴミを集め、ゴミ捨て場に急いだ。大きな耳がいつものように噂話をキャッチする。 ゴミを捨てたら朝食の用意をしなければ─ 「おっと!」 「わっ…!あ、ごめんなさ…」 「いやこちらこそ…あれ?」 痩せた腕がもげそうなほど重いゴミ袋を抱えて走っているとよろよろと危なっかしく視界も悪い。曲がり角で誰かに思い切りぶつかったのは、昨日と同じサングラスにターバン姿のリチャードだった。マシューは思わず目を見開いてリチャードを二度見して、ハッとして慌てて上から下までリチャードを見た。 「す、すみません!あの、指輪ッ!あんな高価な物、いただけません…あのでも、部屋に置いてきちゃって、その…」 「ん?ああ、構わないよ。昨日言った通りあれはお礼だから。」 「でも…ただの道案内で…」 「そのただの道案内でジョージと合流出来たんだ。俺にとってはあれでは足りないくらいの価値ある道案内だったのさ。」 一向に態度を崩さないリチャードは、どうしようとすっかり気後れしてしまったマシューの頭をポンと叩いた。 「要らなかったら売るといい。苺が買えるくらいにはなるはずだよ。」 にこりと微笑んだリチャードはぶつかった拍子に転がっていった大きなゴミ袋を二つ持ち上げる。その背中はもうこの話は終わりだと告げているようで、マシューは慌てて残りの二つを持ち上げて既に歩き出しているリチャードの後を追った。 どこの誰かも知らないが、ゴミ捨てなんてするべきお人ではないのは確かだ。 「り、リチャード様!」 「やだなぁただのしがない旅行者に様付けなんてやめてくれよ。これどこに捨てたらいいんだい?」 「いけません…そんな、僕の仕事ですから!」 と、マシューが叫ぶと、リチャードはピタリと動きを止めた。 「…俺が手伝うことで不都合が生じるかい?」 「え?」 「いや、そうならそうと言って欲しいんだ。要らぬお節介ということは多々ある。…そうだな例えば、俺がゴミ捨てを手伝ったことが誰かにバレたら使用人のくせにって怒られる…とかね。」 リチャードの声はさっきとは打って変わってどこか冷たくて、マシューは背筋がひやりとした。 それと同時に脳裏に浮かぶのは主人の顔。きっと、マシューが誰かに仕事を手伝わせたと知ったら彼は激怒するだろう。ましてや、恐らく身分が高いであろうリチャードのような人になんて。 マシューはグッと俯いてしまい、リチャードの口元から笑みが一瞬消えたことに気付かなかった。

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