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第1話
底冷えする夜なのに暖かいのは、いつもは一人で過ごしているこの空間にもう一人いるからだろうか。
こたつの上には鍋を煮立たせているカセットコンロ。立ち上る湯気と熱気のお陰で、薄っすら上気しているはずの頬がごまかされている。
「もうエアコン切ってもよさげやな。」
こたつから脚を出してフリースを脱いだ敦人が床に置いてあったリモコンに手を伸ばす。近くにいた遥希が、ああ、と気付いてリモコンを取り、ボタンを押してからテレビ横のスペースに戻した。
電子音に続いて軽く振動音を立てながらエアコンがのっそりと口を閉じてゆく。
「なぁ、これってどんくらい待つか分かる? 牡蠣と鱈がどんどん縮んで無くなりそうやで救出せなあかんよな。」
敦人は秋から一人暮らしを始めていた。
英文科の授業に加えて教免課程を取っているために受けている授業数も多い上、実家から通っているとサークル活動をする時間もない。だから夏休みの短期バイトでまとまった額の貯金を作り、さらに家庭教師先まで決めて親に頼み込んだのだった。
学校まで自転車で約十分、この八畳のワンルームは夏休み前に学生が出て空いたせいか相場よりずっと安い家賃で提示されていた。
建物外観はお世辞にも綺麗とは言えないものだったが、共用部分は潔癖症気味な管理人のお陰でこざっぱりと磨き上げられていた。部屋の壁紙も、『ほとんど汚れてないからこのままで借りてもらえないか』と聞かれたところを、一か月目の家賃の割引と引き換えに交渉成立。まさに掘り出し物件だった。
十月の大学内交流スポーツ大会で遥希に再会した時、敦人は真っ先に引っ越すことを伝えた。野球の試合の最中、三塁の上だった。
サードの守備をしていた遥希に、ランナーとして塁に進んできた敦人がまるで道端で会ったようにその話をしたのだった。
「ハル! もうすぐ一人暮らしするから、遊びに来いよ。」
大学に入ってからは学部も校舎も違うから実際に顔を合わせるのは入学式以来初めてだった。たまにメッセージアプリでやり取りするのは、お互いの学食の内容や、相変わらずサッカーの話。
そんな状況で久しぶりに会っていきなり部屋に誘われた遥希は、嬉しいとか驚いたと言う感情を通り越して妙に冷静に答えてしまった。
「じゃあ寒くなったら鍋しに行く。」
後から考えればあれは敦人なりの(笑えない)冗談だったのかもしれない。
例年より早い冬の訪れにそろそろ遊びに行こうかと遥希が逡巡していた矢先、能天気な声で敦人から電話がかかってきた。
「ハル、俺やけど今週末暇やったら鍋せん? 泊まってもらっても大丈夫やし。」
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