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第1話 最初の注文は牛丼の大盛でした(1)
牛丼屋の自動ドアが開くと、もうすでに耳慣れた少し甲高いピンポンという音とともに、夜の街の灯りと騒めきが流れ込んでくる。
「いらっしゃいませ~」
俺は自動ドアの方へと目を向ける。深夜というには少し早いこの時間帯は、残業上がりのサラリーマンか、これから出勤の飲み屋のお姉さんやお兄さんたちが多い。今も入って来たのは、常連の近所の小さなスナックに勤めるお姉さん二人だ。
「お疲れ~」
「はい、お茶どうぞ」
「ありがと、マサちゃん」
にこやかに笑った彼女たちは、店のカウンターにさっさと座る。派手な衣装に、少し濃い目の化粧をしている二人は、笑顔で俺が差し出した湯呑を受け取った。大学二年で二十歳の俺、高橋政人(タカハシマサト)と対して年は離れてないのは、彼女たちの普段の会話からでもわかる。
「今日もマサちゃん、可愛いね」
「それ、誉め言葉じゃないっす」
茶髪でツンツンした短髪に、二重で大きな目。四捨五入してギリギリ百七十センチ。母親似のせいで、若干童顔なのは認めるが、成人男性に『可愛い』はない。彼女たちにはいつも言われてるから、もう、慣れてはいるけど、俺にだって、なけなしの男としてのプライドってもんがあるんだけど。
そんな俺の気持ちなんか気にもとめていない彼女たちの綺麗な指先から渡されるチケットには、『牛丼並盛』と『サラダセット』と書かれてる。
「牛丼並、二つ~」
「は~い」
奥の調理場から聞こえてくるのは、リーダーの宇井さんだ。店長の小林さんが体調不良で休みになってしまったので、急遽出勤になってしまったのだ。それでも、文句一つ言わないで来てくれる。確か、今日は久しぶりの休みだったはずなのに。
俺の他に、もう一人、バイト仲間で大学生の和田くんもいてくれるものの、俺たち二人だけだったら、店を回すことなんかできなかったろう。本当に、申し訳ないやら、ありがたいやら。
「はいっ、並二つ~」
「はいっ」
空いている食器を下げる俺と、入れ違いにお姉さんのところに料理を持っていく和田くん。顔がだらしないぞ、と、突っ込みたくなる。そのまま、彼女たちとおしゃべりを始めてしまう。まぁ、そんなに混んでないから、いいけど。
「いらっしゃいませ~」
和田くんの声に、厨房にいた俺もつられるように「いらっしゃいませ~」と声をあげる。食券の自販機の音とともに、注文の音声が流れる。牛丼大盛。この時間に牛丼大盛というのを聞くと、常連の宗さんかな、と、厨房から店の方に目を向ける。
――なんか店の中の雰囲気が、少しばかり緊張感をはらんでいるような。
その原因は、自販機の前に立っている、黒服でガタイのいいオッサンの存在だった。
ヤバイ。あれは、たぶん、『ヤ』のつく職業の人だ。俺には、すぐにわかった。だって、俺の身近にも、ああいう人がいるからだ。
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