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第2話 最初の注文は牛丼の大盛でした(2)
俺の母親、みわ子は、息子の俺から見ても、可哀相なくらい男運が悪い。俺が直接知ってるのは、自分の親父からだけど、それまでも、色々とあったらしい。
まずは俺の死んだ親父。よくまぁ、耐えてたっていうくらい酷いDV男だった。俺が覚えているのは、いつもみわ子を殴ったり蹴ったりしている場面しかない。俺に優しい言葉など、一言もなかったし、むしろ、存在自体を認識されてた記憶がない。俺はみわ子から、隠れてろって言われて、いつも押し入れの中で泣いてばっかだった。
俺が小学校六年になった年。ようやっと離婚することになった。その寸前で交通事故で死んでくれたおかげで、親父の保険金が入った。それで生活が少しは楽になるかと思ったのに。
今度はみわ子の兄が借金残して、ばっくれてしまった。その保証人になぜかみわ子の名前が書いてあったせいで、せっかく入った保険金もパーになった上に、それ以上に借金してたせいで、みわ子が返済することになってしまった。
毎日のように来る借金取りに怯える日々に、俺もみわ子も、心中するかってくらい追い詰められたのは、俺が中学二年になった頃だった。みわ子は水商売なんて、柄でもないことをして、身体を壊したのに、入院することもままならなかった。
いつもだったら、ドンドンと激しくドアを叩いたり、大声で『高橋さ~ん』『居留守使ってんじゃねぇよ』と騒がれたりする夜なのに、その日はピンポーンという音だけが鳴り響いた。電気を消した狭いアパートの部屋の奥では、みわ子が不安そうな顔で横になってたから、ビクビクしながら、代わりに俺がドアスコープごしに外を見た。
そこにいたのはガタイの良さそうな黒いスーツの胸の辺りしか見えない。もしかして、借金取りの親玉が出てきたのか、と、みわ子のところに逃げ帰って、二人で怯えていたら、ガチャリと勝手にドアが開いた音がした。
なんで開いたんだ?というので混乱してると、玄関先でごそごそと靴を脱ぐ音がした。土足で入ってくるかと思ってたから、困惑しながら玄関のある方を見つめていると、やっぱり背の高くて真っ黒なスーツに鋭い眼差しの男が現れた。艶々とした黒い髪を固めた姿は、まさに『ヤ』のつく職業の人、そのもの。その男がポツリと低い声で「みわ子、無事か」と不安そうに声をかけてきた。
その時、その人が、みわ子の兄の幼馴染の武原さんで、まさに、『ヤ』のつく職業……組長さんだってことを初めて知った。そして、親父との離婚の間に入ってくれてたのが、この人だったらしい。
そしてそれからは、武原さんがこれまた間に入ってくれたおかげで、借金取りに悩まされることはなかった。あ、それでも、ちゃんと借金は少しずつ返してはいる。みわ子が、武原さんにお金を借りるのを嫌がったからだ。
その武原さんは、みわ子のパートの休みの日に、時々、気まぐれに家に短い時間だけど寄るようになった。ちょっとお茶を飲んで帰る、それだけだけど。二人は、別に、いわゆる男女の関係ではない、はずだ。俺の知る限り。
だけど、一つだけ、みわ子が教えてくれたことがある。俺の名前の『政人 』は、武原さんの名前、『政二 』から一文字貰ったものだということを。
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