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第22話 母親は山ほどのケーキに困惑する(6)
そしてうちの店の業務用冷蔵庫には、ケーキの箱が眠っている。今日はさすがに誰も手を出さない。もう店のごみ箱にでも捨てるしかないかな。正直、そう思ってた。
「マサくん、マサくん」
中で食器を洗っている俺に声をかけてきたのは、デレた顔の和田くんだった。
「何?」
「あのケーキさ、お姉さんたちにあげてもいいかな」
そう言ってカウンターの方に座っている常連のお姉さんたちが、にこやかに手を振っている。
「……いいけど、うちの店で出しちゃマズイだろ」
「わかってるよぉ。だから、お会計済んだら、持ち帰り用の入れ物にでも入れて渡すとかすればよくない?」
「……えぇぇ」
正直、持ち帰り用のケースって言われても、唐揚げとか入れるケースだと、ケーキが潰れちゃうんじゃないかって思う。
「ほら、丼サイズのだったら入るじゃん」
「いや、崩れるっしょ」
俺がうだうだ文句を言ってると、お姉さんたちが、今度は俺の方に手を振って「おいで、おいで」してる。仕方ないから、なんとか笑みを浮かべながらお姉さんたちのところへと向かう。
「マサくん、ケーキ食べたい~」
「いっぱいあるって和田っち言ってたんだけど」
期待した眼差しが辛い。特にぽっちゃりとしたお姉さんの眼差しが。
「いや、えと、さすがにうちの店の食べ物じゃないんで」
「もう、わかってるってばぁ」
「だから持ち帰るからさぁ」
「ケーキの箱ごと頂戴?」
思わず、その言葉に唖然とする。確かに箱ごと使ってもらえば、持って帰ることは出来るけど。二人分だけ入れておくのはバランスが悪い気がするんだけど。そうやって悩んでると、和田くんがケーキの箱ごと持ってきた。
「え、おいっ」
「いいじゃん、いいじゃん。どうせ、誰も食べないんだしぃ」
「おいおい、ちょっと」
「はい、どーん」
そう言ってお姉さんたちの目の前に置くと、箱の中を開けて見せた。
「うわっ、美味しそう」
「ちょっと、ここのケーキって、めっちゃ高いとこのじゃん」
「あ、ほんとだ。これ、ほら、アッシーがよく買ってくる店のじゃない?」
「うんうん、あそこのケーキかも。美味しいんだよね」
「ねぇねぇ、誰も食べないなら、全部もらうよ」
お姉さんたちの弾丸トークが止まらない。店の中の他のお客さんの視線が集中してるんですけどっ!
そのタイミングで新しいお客さんが入って来た。和田くんはお姉さんたちと盛り上がってて気づきもしない。俺はすぐに声を出す。
「いらっしゃいませ……えっ」
……おぅ……もう、おっさんが来るような時間だったか。
一瞬、俺たちのほうを刺すように見たおっさんだったけど、すぐに自販機の方へと向かっていく。
「おい、和田くん、煩い」
「え、あ、うんっ」
抑え気味の声で注意すると、さすがにおっさんに気が付いたのか、ケーキの箱を持ったまま和田くんも慌てて中へ引っ込んだ。当然、お姉さんたちも、急に大人しくなった。
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