22 / 89

第22話 母親は山ほどのケーキに困惑する(6)

 そしてうちの店の業務用冷蔵庫には、ケーキの箱が眠っている。今日はさすがに誰も手を出さない。もう店のごみ箱にでも捨てるしかないかな。正直、そう思ってた。 「マサくん、マサくん」  中で食器を洗っている俺に声をかけてきたのは、デレた顔の和田くんだった。 「何?」 「あのケーキさ、お姉さんたちにあげてもいいかな」  そう言ってカウンターの方に座っている常連のお姉さんたちが、にこやかに手を振っている。 「……いいけど、うちの店で出しちゃマズイだろ」 「わかってるよぉ。だから、お会計済んだら、持ち帰り用の入れ物にでも入れて渡すとかすればよくない?」 「……えぇぇ」  正直、持ち帰り用のケースって言われても、唐揚げとか入れるケースだと、ケーキが潰れちゃうんじゃないかって思う。 「ほら、丼サイズのだったら入るじゃん」 「いや、崩れるっしょ」  俺がうだうだ文句を言ってると、お姉さんたちが、今度は俺の方に手を振って「おいで、おいで」してる。仕方ないから、なんとか笑みを浮かべながらお姉さんたちのところへと向かう。 「マサくん、ケーキ食べたい~」 「いっぱいあるって和田っち言ってたんだけど」  期待した眼差しが辛い。特にぽっちゃりとしたお姉さんの眼差しが。 「いや、えと、さすがにうちの店の食べ物じゃないんで」 「もう、わかってるってばぁ」 「だから持ち帰るからさぁ」 「ケーキの箱ごと頂戴?」  思わず、その言葉に唖然とする。確かに箱ごと使ってもらえば、持って帰ることは出来るけど。二人分だけ入れておくのはバランスが悪い気がするんだけど。そうやって悩んでると、和田くんがケーキの箱ごと持ってきた。 「え、おいっ」 「いいじゃん、いいじゃん。どうせ、誰も食べないんだしぃ」 「おいおい、ちょっと」 「はい、どーん」  そう言ってお姉さんたちの目の前に置くと、箱の中を開けて見せた。 「うわっ、美味しそう」 「ちょっと、ここのケーキって、めっちゃ高いとこのじゃん」 「あ、ほんとだ。これ、ほら、アッシーがよく買ってくる店のじゃない?」 「うんうん、あそこのケーキかも。美味しいんだよね」 「ねぇねぇ、誰も食べないなら、全部もらうよ」  お姉さんたちの弾丸トークが止まらない。店の中の他のお客さんの視線が集中してるんですけどっ!  そのタイミングで新しいお客さんが入って来た。和田くんはお姉さんたちと盛り上がってて気づきもしない。俺はすぐに声を出す。 「いらっしゃいませ……えっ」  ……おぅ……もう、おっさんが来るような時間だったか。  一瞬、俺たちのほうを刺すように見たおっさんだったけど、すぐに自販機の方へと向かっていく。 「おい、和田くん、煩い」 「え、あ、うんっ」  抑え気味の声で注意すると、さすがにおっさんに気が付いたのか、ケーキの箱を持ったまま和田くんも慌てて中へ引っ込んだ。当然、お姉さんたちも、急に大人しくなった。

ともだちにシェアしよう!