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第24話 閑話:脂ぎったおっさんは特上コロッケが好き

 芦原は子供の頃からコロッケが大好きだった。一番は幼い頃に亡くなった母親手作りの素朴なコロッケ。  大人になり芦原組の組長となった今、稼いだ金で高級料亭や高級フレンチレストランに行っても、コロッケほどに旨いと思えるものはなかった。  そんな中、ようやくお気に入りと思えるコロッケと出会った。灯台下暗し。なんと組事務所の近所にあるコロッケ屋にあった『昔なじみのコロッケ』だった。しかし、店主の高齢化と後継者がいなかったために、三年前に廃業になってしまう。『昔なじみのコロッケ』は消えてしまったのだ。  それからは、部下たちに旨いと噂のあるコロッケがあれば買いにいかせたが、どれも芦原の納得のいく味にはいたらなかった。それが、たまたま、義理の妹が手土産にと買ってきた『特上コロッケ』なるものを口にした途端、母親手作りのコロッケを思い出させる味に、夢中で全部食べてしまった。  組事務所の中は、美味しそうなコロッケの匂いと濃い香水の匂いが漂う。部下たちは微妙な顔で芦原と義妹に目を向ける。 「このコロッケ? うちの駅前の百貨店の中にある惣菜屋でね、近所の奥さんの口コミで美味しいって話だったの。買ってきて正解ね」  義妹の得意気な話っぷりをよそに、芦原はコロッケの入っていたビニール袋を手にして、嬉しそうに笑みを浮かべる。部下たちには、新しい悪だくみでも思いついたかのようにしか見えなかった。  芦原は翌日、さっそく車で目的の百貨店に行くと、食品フロアへと向かう。様々な食べ物の匂いの中、目敏く目的の惣菜屋へと突進する。目をギラギラさせて進む様は、一般の女性客ばかりでなく男性客も道を譲る勢い。  目的の惣菜屋の前に立った時には、コロッケや他の揚げ物の並ぶガラスケースの前にかぶりついていた。 「い、いらっしゃいませ」  ガラスケースの奥からした女性の声にも目を向けずに『特上コロッケ』に釘付けの芦原。店員の女性はそれ以上声をかけずに、ジッと待っている。 「この特上コロッケ、全部くれ」 「……は、はいっ」  芦原の頭の中も、腹の中も、『特上コロッケ』のことでいっぱいになっている。ガラスケースの中のコロッケが、一つ一つトングでつかまれ、消えていく。これらすべてが、自分の腹の中におさまることを想像して、ゴクリと唾を飲み込む。 「お待たせしました」  大き目なビニール袋からは、香ばしい匂いが漂う。ビニール袋は後をついてきていた部下が受け取る。芦原はコロッケのことを考えてニヤニヤしながら財布から金を出すと、店員の女性に差し出す。 「はい、ちょうどいただきました。ありがとうございます」  笑顔でレシートを差し出した彼女の顔を、その時初めてまともに見た。その優しそうな笑顔に、『特上コロッケ』と同じくらい、いや、それ以上に胸がときめいた。  十年前に最初の妻と離婚して以来、女っけのなかった芦原に久しぶりの春がやってきていた。  そんなことは、店員の女性、高橋みわ子は知る由もない。 「また、いらしてくださいね」  その言葉が、ハートの矢をもって芦原の心臓を貫いた。まさに最後の一押し。 「は、はいぃぃっ」  先程までのどすの聞いた声はどこへやら。裏返った返事にみわ子も困惑気味な笑みを浮かべるが、異常に気付いた部下たちが芦原を捕まえて店の前から去っていった。  ……その日から、芦原の惣菜屋通いが始まったのだった。

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