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第25話 チンピラはつゆだく牛丼に塗れる(1)

 おっさんはいつものように無表情で牛丼をガツガツと食っている。その様子を俺はジッと見つめながら悩んでいた。  常連のお姉さんたちの噂話では、おっさんの正体は『武原組の藤崎さん』だという。それも『武原組では若手でナンバー2』と言われる人。この人だったら武原さんと連絡をとることは可能かもしれない。  俺が武原さんの連絡先を知っていたら、こんなことで悩むことはなかった。そのまま電話でもメールでもして、さっさと相談だってできた。だけど残念ながら、連絡先を知っているのはみわ子だけ。それだって、よっぽどのことがないかぎり、みわ子は連絡をとってないに違いない。  実際、俺が武原さんと最後に会ったのは、俺の高校の卒業式の時だ。あの時は、わざわざ高校まで来て、俺とみわ子の写真を撮ってくれた。傍から見たら、親子に見えたかも……しれない……? ……いや、それはないか。武原さんの醸し出す雰囲気に、普通に『ヤ』のつく職業の人に見られてたと思う。周囲が遠巻きに見てた記憶がある。  二人は個別に連絡を取り合っているかもしれないけど、みわ子はきっと、心配させるようなことは話してはいないんじゃないだろうか。自分の母親ながら、素直に人に頼ろうとしないところが、心配で仕方がなかった。コロッケのおっさんの様子を思い出すと、絶対にヤバイ気がするのだ。  だけど、お姉さんたちの話がもし間違っていて、武原さんとは関係ない人だったらどうしよう。下手に聞いて、怒らせたらどうしよう。そう考えると、なかなか一歩が踏み出せない。  食事を終えたおっさんがお茶を一気に飲み干すと、無言で席を立った。そのまま出口に向かおうとしている姿に、このままじゃマズイ、という焦りが浮かぶ。おっさんは振り返りもせずに、店から出ていく。 「ありがとうございました~」  和田くんの、どこか気の抜けた声が店の中に響く。その時、俺は意を決してカウンターから出て、おっさんを追いかけた。おっさんは、のんびりと繁華街の方へ向かって歩いている。 「あ、あのっ」  人の騒めきの中、おっさんに声をかけた。ビビりながらだったせいで、つい、声が裏返ってしまって、恥ずかしくなる。  俺の声が届いたのか、おっさんが振り返った。街灯の灯りに照らされているおっさんの顔は、予想外のことに驚いているように見える。無表情か、どこか苛立っているような顔しか見たことがなかったから、それはそれで新鮮な驚きがあった。  だけど、すぐにおっさんは訝しそうな顔に変わる。次に、スーツやスラックスのポケットを確認している。きっと忘れ物でもあって追いかけてきたと思ったのかもしれない。 「あ、えと、忘れ物とかじゃなくてですね」  じわりと背中に嫌な汗が浮かんできている。俺は、どうやって話をするべきか、まともに考えもせずに飛び出してきたことを、後悔し始めていた。

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