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第37話 俺とオッサンと若頭(4)
薄暗い照明に、化粧と煙草とアルコールの匂い。俺の周囲は、今まで体験したことがなかった、大人の男女の騒めきで溢れている。俺にとって、人生初のキャバクラだ。それも、ちょっと高級な感じで、正直、俺みたいな学生臭いのは、完全に浮いてるし、俺みたいなのは他にいやしない。
「ほらぁ、マサくぅん、飲んで、飲んでぇ」
「は、はい……」
俺の隣に座ってるお姉さんが差し出すグラスを手にすると、チロリと口をつける。ウィスキーの水割り、濃すぎるっ。たまに、天童や海老沢と飲みに行くにしたって、せいぜいがやっすい居酒屋でビールかレモンサワーくらいで満足してる俺に、こいつはハードルが高いっすよっ。海老沢には「子供かっ!」と言われながら、甘いのばっか飲んでたし。
これ、一杯、いくらするんだろう。高そうなグラスに高そうなウィスキー。金額考えただけで青くなりそうだ。
飲みなれない味に、思わず眉間に皺がよってしまった俺を見て、お姉さんは楽し気に笑う。
「やだぁ、マサくんてば、かーわーいーいー」
……棒読みに聞こえる声。すげぇ馬鹿にされてる気がする。しかし、この程度で女の人に怒るわけにもいかずにヘラリと苦笑いを浮かべるしかない。
俺より少し年上に見えるお姉さん。肩が出たドレスっぽいのを着ていて、白い肌が照明で薄くピンクに色づいてる。俺にしなだれかかってくるせいで、たぷんと胸が当たってるぅっ!本来なら、それだけで天国なはずなんだけど、密着してるせいか、甘ったるい香水の濃い匂いが鼻に着く。結局、プラスマイナスゼロな状態の俺。なんか、虚しい……。
「あは、あはは」
乾いた笑いが零れる俺を、正面からニヤニヤしながら見てるのは両脇を美女に挟まれた『坊ちゃん』だ。
店から出てすぐに車に押し込まれ、運転席と助手席には、あのスキンヘッドと黒服が乗って待ち構えてた。完全に逃げられない、と俺は諦めの境地になったのは言うまでもない。
静かに車が動き出し、数分としないで止まった。実際、車で移動するほどの距離だったのか、と思うほどの近さだ。そこは繁華街の中でも高級クラブと言われる店が、いくつか入ってる通りだった。
まともに会話する暇などなく車から降りると、やっぱり肩を組まれて、ほとんど引きずられるように、この店に連れてこられた。店に入るとすぐに、和服姿のママらしき女性がお出迎え。それだけで、俺はカチンコチンに固まるっていうのに、『坊ちゃん』は当然のように入っていく。俺はヘコヘコ頭を下げながら『坊ちゃん』についていくしかなかった。
そして、今に至る。
……やっぱり、この水割り、濃いですよ。お姉さん。
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