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第36話 俺とオッサンと若頭(3)

 俺のバイトが終わる時間まで、あと少し。ちょっと前から小雨がぱらつき始めたせいか、店内には酔っ払いのサラリーマンが一人しかいない。閉店時間は午前二時だけど、俺は終電に間に合うギリギリの午前零時までがバイトの時間。  こんな日に限って、おっさんは来ない。俺は退勤時間が近づくにつれて、どんどん血の気が引いていく。本当に『坊ちゃん』は待ってたりするんだろうか。『坊ちゃん』が店から出ていってから一時間近く経ってる。さすがに、いないよな、いないよ、きっと。と、自己暗示かけてる。 「高橋くん、そこのゴミ、まとめたら外に出しておいて」 「あ、はいっ」  店長が俺に背中を向けながら声をかけてきた。俺は慌てて厨房のゴミ袋を二つ、両手に持って従業員出口の方へと向かう。 「ほいほ~い」  とぼけたような声を出した和田くんが片手でドアを開けてくれた。 「サンキュ」  ニカッと笑ってドアから出ると、ゴミ袋を大きなゴミ箱に詰め込む。軽くため息をついて店の中に戻ろうとして、視野の端に見えたモノに身体が固まる。ギギギッと音が鳴りそうな感じで顔を向ける。  裏側にある通りに、普段はない、一台の黒い車が止まってる。絶対、高級車。その後部座席の窓がゆっくりと開いてきて……案の定、『坊ちゃん』の顔が現れた。モデルばりのイケメンが、ニヤニヤしながら手を振っている。  俺はなんとか愛想笑いを浮かべることが出来たと思う。小さく頭を下げると、すぐに店の中に戻る。  ――ヤバイ。ヤバイ。ヤバイッ。 「ん?マサくん、どうしたぁ?」  ドアのそばに立ってた和田くんが、キョトンとした顔で声をかけてきたけど、俺はまともに返事も出来ない。マジで俺が終わるの待ってるよ。どうしよう。こんな時に限って、おっさんはいない。武原さんの連絡先は知ってても、おっさんの連絡先は知らない。そもそも、武原さんへの電話だって通じたことがないんだもの。  ――どうしよう、どうしよう、どうしよう。 「高橋くん、そろそろ時間だよ」  焦りまくってる俺のことに気付きもせずに、店長から帰るようにと声をかけてきた。それはまるで、俺への死刑宣告みたいに聞こえる。 「はい……」 「おうっ、マサくん、お疲れ~」  脱力したような俺の返事に、暢気な和田くんの声。ちょっとイラっとしてしまっても許してくれ。俺は「お先に……」と言いながら、ロッカー室へと向かう。  俺は何をしちゃったんだろう。全然、呼び出される理由が思いつかない。制服から着替え終えると、恐る恐る、従業員出口から顔をのぞくと……まさかの満面の笑みの『坊ちゃん』が傘をさして待っていた。 「遅いぞっ」 「す、すみませっ……んっ!?」  ガシッと強引に肩を組まれた俺は、逃げ出しようもなく。 「さぁ、行こうか♪」  嬉しそうな『坊ちゃん』の声に顔を引きつらせながら、黒い車の方へと引きずられていくしかなかった。

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