35 / 89

第35話 俺とオッサンと若頭(2)

 俺とおっさんが、なんとなくいい感じに交流し始めたのと同じような時期に、再び現れた人がいる。『坊ちゃん』だ。  この人も、若頭と呼ばれるだけあって、なんか偉そうではある。おっさんと違って、パッと見た感じ、『ヤ』のつく職業には見られはしない。むしろ、モデルですぅ~、って言われれば、そうだろうなって思う。相変わらず、店に馴染まない人だ。だけど、若頭だって知ってる俺からすれば、やっぱりちょっとばかし、そういう雰囲気がある人だとは思う。 「はい、牛丼並でーす」  和田くんの少しばかり暢気な声が聞こえてくる。おっさんほど、強面じゃないせいか、『坊ちゃん』の相手をしている和田くんの対応は、普段と変わらない。『ヤ』のつく職業だって、わかってるはずなのに。見た目ってすごい。  今日は、おっさんが来る時間より少し早く、『坊ちゃん』がやって来た。おっさんほど頻繁ではないものの、なぜだか、時折、一人でやってくるようになった。来店のタイミングはまちまちだけど、おっさんとは一緒になることはない。これ、二人が遭遇したら、どうなるんだろう、と若干興味はある。でも、何かとんでもないことが起きそうでちょっと怖い。  そして、紅ショウガを山盛りにするのは変わらない。おかげで、『坊ちゃん』が店から出た後は、すぐに紅ショウガを補充しなくちゃならない。絶対、紅ショウガの消費量、上がってる。  今日もいつものように山盛りだ。 「ねぇ、ねぇ、マサくん」  なぜか『坊ちゃん』に名前で呼ばれる俺。何度か店にも来ていることもあり、和田くんがしょっちゅう『マサくん』呼びするのを耳にしているせいかもしれない。  だ・け・どっ! そこまで馴れ馴れしくされるほどの接点はないんだけどっ!いらっしゃいませ、とありがとうございました、くらいしか言ってないんだけどっ! 「は、はい~」  俺は愛想笑いを浮かべて、『坊ちゃん』の席に向かう。丼のほうはもう空っぽ。そして、湯呑に目を向けると、こっちも空だ。 「お茶、お代わりいりますか?」 「ん~?いや、いらない、いらない」 「は、はぁ」  なんだかニヤニヤしながら俺の顔を見てる。なんだって言うんだろうか。『坊ちゃん』の背後に、その表情とは真逆な感じの黒いオーラを感じ取ってしまう。『坊ちゃん』がちょいちょいと手招きする。素直に耳を寄せる。 「今日は、この後って暇?」 「ほぇ?」  思わず、変な声で聴き返す。 「よかったら、ちょっと付き合ってくんない?」  へ?なんで俺が『坊ちゃん』に誘われる? 「というか……」  どこかへらりとした雰囲気だったのが一変、『坊ちゃん』がギロリと音がするような鋭い眼差しに変わった。  な、なんでぇ……? なんか俺、やらかした?  あまりの変貌に怖すぎて、身がのけぞる。俺は真っ青になりながら、目に涙を浮かべてしまう。チンピラたちも怖かったけど、この人のはそんな比じゃない。 「ちょっと顔貸せや」  一気に声のトーンが落ちる。まるで、ヤクザ映画のワンシーンだよ。というか、やっぱりこの人も『ヤ』のつく職業の人だったってことだわ。  俺は目を潤ませ、ガクガクと頭を縦に振るしかなかった。

ともだちにシェアしよう!