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第34話 俺とオッサンと若頭(1)

 チンピラたちが暴れてから数日が経った。  さっそく武原さんが何か動いてくれたのか、みわ子のところへのケーキ攻撃も鳴りを潜めたらしく、みわ子曰く、特上コロッケの売り上げが落ちた、と苦笑いしてた。でも、芦原のおっさんにつきまとわれるよりは、よっぽどもいいと俺は思う。  俺は着信履歴から何度か武原さんへ折り返し電話をしたけど、毎回、留守番電話になってしまった。仕方なく、最後の電話の時に感謝の伝言だけ残した。本当は直接お礼を言うべきなんだろうけど、忙しい中、俺みたいな小僧相手に時間をとってもらう方が申し訳ない気がした。  一方で、おっさんは相変わらずで、ほとんど無言で牛丼大盛と豚汁を頼んでは、さっさと食べて帰っていく。その変わらなさ加減が、おっさんらしくてカッケェと思う。  いつものように牛丼を食べて帰ろうとしたおっさん。何も言わずに店を出ようとしたところを慌てて追いかけた。 「あ、あのっ」  俺の声に、すぐに振り向いた。また何かあったか?とでも言うように、訝し気に立つおっさんの目の前に、俺はビニール袋を差し出した。中身は、みわ子のところの特上コロッケ。バイトに行く前に惣菜屋に寄ったらみわ子には驚かれたけど、お世話になった人に差し入れなんだ、といえば、そうか、と笑ってくれた。このいつもと変わらない笑顔を守ってくれた、武原さんとおっさんへの差し入れだとは気づいてないだろうけど。 「これは?」 「よ、よかったら食べてくださいっ」  武原さんと連絡を取ってくれたことと、この前のチンピラたちのことの感謝も兼ねて。たぶん、一人で食べるには量が多いはず。でも、おっさんの体格じゃ、全部食べきれてしまうかも? 少し焦った俺は、こそこそっとおっさんのそばに寄る。 「あ、あの、た、武原さんにも」  そう言うと、おっさんはちょっとだけ驚いた顔をした。いつも渋い顔をしているイメージだったから、少し新鮮。その上、ニヤリと笑うんだもの、やっぱ大人の男は違うな。  おっさんは俺からビニール袋を受け取ると、俺の頭をぐしゃぐしゃっと撫でて、何も言わずに帰っていった。  それ以来、店で俺と目が合うとちょっと目にはわからないかもしれない、口元の笑みを浮かべるようになった。たぶん、他の人にはわからない、微妙な感じ。でも、それだけで、なんだか俺がオッサンに気に入られてる、そんな気分になった。ちょっと、こそばゆいような、ちょっと、嬉しいような優越感。代わりに俺は、満面の笑みを浮かべて、おっさんに注文をとりに行くのだ。

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