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第33話 閑話:脂ぎったおっさんは意外に純情だった(2)

 藤崎と言えば、武原組のナンバー二。そんな相手に喧嘩を売る馬鹿はいない。そもそも、なんだって、武原組のシマになんぞ行ったのか。芦原の顔色が徐々に悪くなっていく。 『……ちょっとしたことから、私が世話している親子がいましてね。その息子さんのバイト先で、あんたん所の若いのが暴れたらしいんですわ。どういう教育、してるんですか』  最近は息子の若頭に仕事を任せることが多くなり、表に出てくることが減っていた武原だったが、電話越しの声だけでも、芦原をビビらせるには十分だった。同じ組長であっても、いつしか組の規模も、武原の持つ存在感も、芦原を上回っていった。  武原との電話を終えた頃には、倒れるのではないかと思われるくらいに、芦原の顔は真っ青になっていた。 「どうしましたか」  不審に思った部下の一人が、お茶を淹れた湯呑を芦原のデスクに置く。芦原は自分を落ち着けようと湯呑を口にしたが、淹れたてのお茶が熱すぎて吹き出してしまう。それが芦原の怒りの箍を簡単に外し、ついには大声で叫んでいた。 「なんてことしてくれたんだぁっ!」  そして、部下とチンピラを呼びつけて、あの状況に至る。 「ず、ずびまぜっ……あ、あのわがいのがっ……まざかっ……だ、だかあじざんのっ……むずこっ、ざんだどわっ……」  チンピラよりは少しだけマシといえる状況の部下は、床に正座をしながら言い訳を始める。まさか年の離れた恋人同士ではなく、親子だとは予想もしていなかった。もし恋人同士だったら、脅して別れさせるくらいのつもりではいた。それが、まさか、武原絡みの話になるとは予想もしていなかったという。 「ああ、本当になぁっ!」  ガツンッ  最後の一蹴りで、血塗れになっていた部下は完全にのびてしまった。 「高橋さんの息子さんに手を出すなんて……」  芦原の情けない声が零れ落ちる。  そもそも惣菜屋に通うので精一杯で、告白すらしてない。下の名前が『みわ子』というのも息子が一人いたということも、初めて知った。みわ子のことを知った喜びよりも、武原から二度と関わるな、と釘を刺されたことのほうがショックだった。『世話している』イコール愛人ということではないか、と芦原は考えたのだ。 「高橋さん……」  呻くように名前を呼んだ脂ぎったおっさんは、ソファに深く腰を下ろすと、両手で顔を隠し、泣き声を押し殺した。まさに『シクシク』という擬音語が聞こえてきそうなほどだった。  いい年をしたおっさんが、と本来なら呆れそうなところではあったが、事務所の中の惨状見れば、誰もそんなことなど言える状況ではなかった。そんなことを言いでもしたら、次は自分たちの番だというのは嫌でもわかっていたからだ。  そして、誰も芦原に慰めの声をかけることも出来なかった。相手が悪すぎる。部下たちは、武原組の組長のダンディーな容貌を思い出し、小さくため息をつくのであった。

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