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第75話 閑話:お嬢と不愉快な仲間たちの末路(4)

※保護者の場合  みゆの母親は、自宅の大きな姿見の前で着物を着付けていた。みゆはまだ学校から帰って来てはいない。青ざめていた顔を、化粧の下に隠すと、大きく息を吸って気合をいれる。 「行かなきゃ」  鏡に映る自分自身を睨みつけ、いいきかせるように口にするが、内心の不安は抑えきれない。  店に行くいつもの時間に、ハイヤーが来る。その前にマンションの部屋を出ようとした時、手に下げた小さめのバッグから携帯の着信音が聞こえてきた。店からだ。  こんな時間に、と思うと同時に、嫌な予感がした。出たくない、とも思ったが、万が一を考えるとと思い、恐々と電話に出てみる。 「何かしら」 『ああ、ママ』  電話をしてきたのはマネージャーだった。ただ、その声がどこか冷ややかに聞こえる。 「どうかしたの? こんな時間に」 『いえね、まだご自宅かなと思って』 「ええ、これから出る所だけど」  玄関の鍵を締め、エレベーターホールの方へと向かおうとした足が止まる。 『でしたら、いらっしゃらなくても結構です』 「……なんですって」  マネージャーの言葉に、耳を疑う。 『今日から、新しいママが来ることになりましたので』 「いきなり、どういうことよっ」  つい大きな声になる。人の姿のない静かな廊下に、甲高い声が響く。 『……組長からのご推薦なんで』 「なんですって……あの人からって、どういう」 『とにかく、店に来られても困るので。ああ、給料に関しては一応、退職金は出すそうですよ』 「ちょっと、まさかっ」 『お伝えしましたので、では』  相手の電話が切れた音だけが、女の耳に響く。  慌てて組長へと連絡をしようと、電話をかけるが……着信拒否。スッと血の気が下がる。 「……嫌よ……嫌よっ!」  苦し気な声が廊下に響く。女は真っ青になりながらも眦をキリリと上げて、エレベーターに乗り込んだ。  マンションの前には、時間通りにハイヤーが目の前に止まり、何も言わなくても、運転手はいつも通りに店へと向かう。  普段なら、店の前にハイヤーは止まるのだが、その駐車スペースにはすでに他の車が停まっていた。それも黒塗りの高級車。 「あ、あれは……」  女の声が震える。  車から降りてきたのは池中組の先代と……着物姿の若い女。その女は満面の笑みで見つめているのは……組長と、並んで立つ自分とあまり年の違わない、同じように着物を着た女性。組長の妻なのは、すぐにわかった。 「奥様……っ」  ハイヤーの中で零れた悔しそうな声は、店の前の面々に届くはずがなかった。  しかし、店から出てきたマネージャーに店の中へと促された時、組長の妻の視線がハイヤーの方に向けられた。 「っ!」  目が合った気がした。  それと同時に、組長の妻の顔が、自分を嘲笑うかのように口元だけ笑みを浮かべた。  作り笑いを貼り付けたような組長に腕を絡ませ、店の中へと入っていく。その様子に、女はギリギリと歯を食いしばるしかない。悔しくて、涙が浮かんできた。 「お客さん……着きましたが」  ハイヤーの運転手が訝し気に声をかけてきた。 「ご、ごめんなさい。悪いけど、このまま家に戻ってくれる?」 「え? は、はい……」  女は悔しさを堪えながら、ハンカチを取り出すと、マンションの前に着くまで涙を隠すように目に抑え続けた。

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