今日も店はいつも通り、それなりに混んでいる。 　夜の飲み屋街は、人の流れが出来ている時間。仕事帰りのスーツ姿の若いサラリーマンや、単なる酔っぱらったおじさんたちがいる一方、キャバクラのお姉さんやホスト、黒服の男たちが、仕事前にと入れ替わりに腹ごしらえしていく。 　その度にドアが開き、街の騒めきが流れ込んでくる。 「いらっしゃいませ～」 　そして俺もいつも通りに声を張り上げる。 　お客さんが食べ終えた食器を手にした俺の視野の中に入ってくるのは、相変わらず渋い雰囲気のおっさん。今日は一人で、牛丼大盛を黙々と食べている。 　その姿が気になってしまう俺は、視線がどうしたっておっさんに向いてしまう。その度に目が合っちゃって、おっさんが柔らかい笑みを浮かべるから、その時はカッコよく見えて、無意識にドキドキしちゃって、慌てて顔を背ける。 　その繰り返しに、おっさんの方はなんだか口元が嬉しそうに緩んでるように見える。 　くそっ、なんか負けた気がするのはなんでだっ。 　その上、おっさんだけじゃなく、俺の挙動不審に気付いた和田くんまでもが、ニヤニヤ笑って揶揄ってくる。 「いやぁ、マサくんてば、恋する乙女？」 「お、乙女じゃねーってのっ」 　声を殺して、文句を言うも、和田くんは全然堪えない。揶揄う声が店の奥まで聞こえてるのか、調理してるはずの店長までもが俺の方を振り返って、生温い視線を向けてくる。 「ち、違いますからねっ」 　俺自身、おっさんに恋してる自覚はあっても、こんなところで認める勇気はない。だから、そう反論するんだけど、まるで、『わかってるよ』と言わんばかりに、店長は無言で笑みを浮かべるだけ。 「マサくん、そんな顔真っ赤にして否定しても、無理だから」 　そう言って、うんうん、とか俺の肩に手を乗せて、偉そうに頷く和田くん。 「おいっ」　 　つい、声を荒げて、振り払おうとしても、和田くんはケラケラと笑うだけ。 　くそっ、なんか悔しい。 　そんな俺たちのやりとりに、おっさんは気付いてるのか、いないのか、何も言わずに立ち上がると、そのまま店から出て行こうとする。 「あ、ありがとうございました～」 　すぐに気付いた俺は、おっさんの背中に向けて声をかける。それに、おっさんは振り向きもせずに、片手を上げるだけ。 　その姿を見送る俺は、つい、立ち止まってしまう。 「愛だねぇ、愛っ！」 　再び、和田くんの揶揄う声に、我に返る。 　声をかけるのは、普通に他のお客さんにだってやってることだし。そう自分に言い聞かせながら、和田くんの脛を思い切り蹴ってやった。