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第89話 牛丼よりも愛を大盛、お願いします(13)

 あれからもおっさんは、俺が働く牛丼屋にやってくる。  相変わらずカウンターに座って、牛丼大盛を頼んで完食したら、俺が仕事があがるまで待っててくれる。自分で言うのもなんだけど、愛されちゃってるよね、とか思ったり。  今までと違うのは、なぜだか、その両隣に武原さんと、その息子の若頭が座ってることが増えた。なんでだろう?  この二人だけじゃなくて、武原さんもいるせいか、護衛みたいな怖そうな人もいるから、店の中が狭く感じるんですけど。威圧感、半端ない~! 「……なんで親父がいるんだよ」 「……お前こそ、なんでいる」  見た目、どっちも系統の違うイケメンだけど、低音で言い合う様はやっぱり親子だなぁ、と思う。でも、止めて欲しい。他のお客さん、怖がってるから! 「政人」 「はいっ」  二人を無視して、おっさんは俺に声をかける。  おっさんの声にすぐに反応しちゃうあたり、俺も相当だよな、って思うけどね。  差し出された食券を確認して「牛丼大盛ですっ!」と声を張る。 「お、政人、俺も同じの」 「親父、いつも言ってるだろうが、先に食券買え。食券。政人、俺も大盛な」 「は、はい~」  うん、武原さん、自分で買わないよね。で、毎回、若頭に注意されてる。それも態となんじゃない? って、最近思うんだけど。もう、ここ、武原組の専用の牛丼屋みたい。店長も顔色悪いんだけど。 「た、高橋くん、そ、それよろしくね」  苗字を呼ぶとか、店長、どんだけ緊張してるんですか。苦笑いしながら、受け取る俺。 「お待たせしました」  カウンターに座るおっさんの目の前に、大盛の牛丼。視線は牛丼から俺に向けられて、ニヤリと笑う。不意にそんな笑みを浮かべられると、動揺しちゃうよ。 「剣」 「藤崎~」  渋い顔の武原さんと、ニヨニヨしてる若頭。 「お先に」  いい笑顔で二人に言うあたり、やっぱりカッケェって思う。おっさんの黙々と食べてる姿を見続けたいとか思うけど。 「ぎゅ、牛丼大盛、二つ、お願い~」 「は~い」  店長、俺以外にもいるよね。中を見ると、和田くんもいる。逃げ腰になってるんじゃないよ。  でも、こうしておっさんの近くにいられるのは、正直、嬉しいって思う。 「はい、牛丼大盛です」 「サンキュ、あ、親父、紅ショウガくれ」 「そっちにもあるだろ」 「いいだろ、そこにあんだからよ」 「……若頭、邪魔です」  ……うん、全然、怖くないね。  おっさんたちが牛丼をかきこんでる姿に、なんだか和んでしまう。  店のドアが開いて、お客さんが入ってきた。ああ、やっぱり、ビビるよね。この状況は。 「いらっしゃいませ!」  そんな空気を吹き飛ばすように、俺は元気に声を出す。  視線を感じてカウンターを見ると、箸を持ったおっさんが優しく笑いながら、俺を見ていた。  もう、やっぱり、カッケェな。  俺はニヘラッと笑い返すと、お客さんの元へと向かうのだった。 <終>

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