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第11話 行方知れずの番犬

 ドナが行方知れずになった。その理由は誰も知らず、看板犬が突然いなくなった喫湯店には連日ドナの知り合いが詰めかけることとなってしまった。  そんな店内に入れる勇気もなく、外を意味もなく出歩く勇気もなく。毎日実家で料理を作り続けるだけの日々は、ドナがいないだけで色彩を失ったようだ。  恋人なんて形だけのようなものだったのに、突然消えたことによりぽっかり空いた喪失感は愛する何かがなくなったのと変わりない。  ヴィンツに裏切られた時よりも、もっと辛い。部屋に閉じこもり、窓から外を眺めていた。  そんな中、とある噂が聞こえてきた。領主の客人だった男が違法に奴隷を飼っていたことが発覚し捕まった、そんなスキャンダル。法の下に突き出したのは領主様だとまた株が上がったような話に、ヴィンツが本当に狂った男なんだと思い知る。  元親友は犯罪者、恋人は行方知れず。こんな話、陳腐な作り話だと鼻で笑われてしまう。  ヴィンツが捕まったのなら、もう出歩いても安全か。ずっと悩んでいても仕方なし、シルヴィオは少しだけ出かけることにした。  ドナが消えてから既に一週間近くが経過している。靴を履き替え外に出ると、食堂の常連客が次々に話しかけてきた。 「シルヴィオ、元気か?」 「まあ、程ほどには」 「あのわんころ、いなくなっちまったなぁ」 「元々何処から来たのかも言わなかったし、あいつにとっちゃこの町はそんなもんだったんかね」 「さあ? 俺にはわからない」  喫湯店の裏の道にもドナの姿はない。最後に会ったのは喫湯店の中で、ヴィンツとの会話の後。あんな人間が友人だった自分に失望したのだろうか。  ……会えなくなるのは、嫌だ。  領主の屋敷には誰も行かない。ドナは同じ犬種。ヴィンツはあそこに滞在していた。ドナは、ヴィンツの家業のことを聞いてきていた。  聡いわけでもないが、鈍くもない。少なからずドナは領主に関わりがあるはずだ。  行くだけ行ってみよう。ドナがいなかった時は謝ればいいだけだ。  何となく誰かに見つかるのは嫌だと思い、人目につかないように領主の屋敷へと足を運んだ。丘の上から見える町並みは色とりどりの屋根が綺麗で、領主は毎日この光景を見ているのかと感慨深くなる。  自分の身長よりも遥かに高い門扉の前に立ち、呼び鈴を鳴らした。 「どちら様でしょうか?」  見目のいい初老の男だ。服装や雰囲気から屋敷の従者だとは予想できる。シルヴィオは居住まいを正し、それに答えた。 「町の食堂で働いている、シルヴィオ・ワーグナーです。あの、こちらにドナという領主様と同種の獣人はいらっしゃいますか」 「嗚呼、車屋の。ドナード様のことでしょうか」  実家は昔食堂を始める前は馬車等を製造する会社を営んでいた。今は既に畳んでいるが、まだその名で呼ばれることも多い。  ドナードというのがドナの名前か。シルヴィオはこくりと頷く。男はふむ、と顎に手を当て考えるそぶりを見せた。 「ドナード様は一度は戻られたのですが、すぐにご主人様のお仕事を手伝うとのことで港町に旅立たれました」 「仕事……?」 「リクター家はこの町の町長だけでなく、他の町の自治組織を取りまとめる仕事もされていらっしゃいます。ドナード様はそれのお手伝いをすることとなりまして」 「……東の港町で間違いないですか」 「ええ。もしよろしければ言伝を申し付かりますが」 「いいです、自分で言いに行きます」  東の港町は余裕を持っても2日で辿り着ける。シルヴィオは男に頭を下げ、そのまま半ば駆け足で自宅へと帰った。  自室に戻り、使い古したトランクの中に適当に荷物を詰め込む。食堂で働き始めて僅か二か月、父母から給金だともらっていた金も適当に袋に詰め、休憩中の一階へと駆け下りる。 「二人とも、話がある」  人を散々運命の番いのオメガだのなんだの言って、会いたくない時にすら食堂に来て番犬ぶって、心を許し始めたと思ったらこの仕打ち。ドナには仕置きが必要だ。  シルヴィオは父母の前に金が入った袋を置き、力強く決意を口にする。 「悪いけど明日から手伝えない。東の港町に行ってあいつをぶん殴ってくる」 「喫湯店の? そう、港町にいたのかい」 「旅なら金は必要だろ、それは持って行きなさい。馬車代はあるのかい? ないなら父さんの伝手で明日には準備させるけど」 「頼む。手伝いも中途半端になって、ごめん」 「いいんだよ、やりたいことの方が優先だ」  元から優しい父母だが、こんな自分勝手も許してくれるなんて。  シルヴィオは話をしに行った父と、少し驚いた様子の母にそれぞれ頭を下げ、また自分の部屋に駆け上った。

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