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SAIKI side 5

「え」  テッドが外れて、春川の上にぼこん、と落ちた。 「ハルも冷水も、ぼくにとってすごく大事なひとだ。」  こんな、ろくでもないぼくのことなんか、きらいになってくれてもいい。  そう、思っていた。ついさっきまで。  なのにたった今、春川にきらいだと言われたとたんに、ぼくの心は激しくかき乱された。 「でも、だめなんだよね。どちらも傷ついてるのは知ってるよ。ぼくは、ろくでもない。なのに、改善する気もないんだ。ごめんね…ハル。」 (どうせ俺とは遊びのくせに!) (キスなんかに意味ないくせに!)  ちがうよ。春川とのことを遊びだなんて思ったことはない。意味のないキスなんかしない。 (冷水さんのことしか、考えてないくせに!) …そこだよね。冷水のことしか考えてないわけじゃない。ただ、ふたりを同じくらい愛おしいと思うんだ。  うまくだますこともできるんだろうけど、そんな無意味なこと、ぼくはしたくない。.  だけど、それは、冷水の気持ちも、春川の気持ちも、両方がつらいままだ。  でも…。  それでも、失いたくないんだ、ぼくは、なにも。  ぼくは卑怯で、愚かで、残酷だ。 ―― と、ツリーの影から何かが見える。…人? ( !! ) 「ひ、冷水! !! !!!」  いつの間に部屋に入ってきたんだ!?  や、やばい、バレたんだ!  春川を泣かしたのがバレたんだ! 「…泣いてるんですか?…春川。」 (…こっ…殺し屋…!!) 「冷水、ちがうの、プレゼントを取ろうとしてて…なっ、泣いてないよなあ?ハル!」  春川とテッドを一緒に起こしてテッドの後頭部で春川の顔付近を急いでこする。春川も緊張しているみたいだ。 「…もう全部わかるんですよ…?」  ひー!  やっぱバレてる、ダレカタスケテー! ―― ばたん !! 「ちょっとアンタたち雪よーう!!!」 「ぎゃーあー!」  突然、安堂が何かをわめきながら部屋に飛び込んできた。赤いガウンに、トランクス一丁だ。  あいつまた裸で寝てたな。パンツ履いてただけよしとしよう。  春川はよほどびっくりしたのか、びくん、として悲鳴をあげ、ぼくの腕のなかでさらに小さくなる。 「…前をしめろ安堂。」  よかった、冷水の注意がそれた! (ありがと安堂、助かった!) 「雪雪!窓!ホラ、春川ちゃん!」 「あうわわ!」  安堂はぼくの腕から春川を引っ張り出して、荷物みたいに小脇に挟むと部屋を飛び出て行った。春川に雪を見せたいんだろう。  立ち上がると、さっきまであった春川のぬくもりが、体から徐々に離れていく。  冷水がソファの後ろから白い紙袋を何個か取り出し、だまってぼくに渡してきたので、ぼくもだまってツリーの下に一緒に並べる。 「…きらいだって、言われたよ。」  冷水がぼくを見る。 「ぼくも、それでいいと思ってたはずなんだけどね、なぜか、きらいだって言われた瞬間に、手離したくなくなった。それでとっさに優しくして、ぼくから離れないように繋ぎとめちゃった。どうしてかな。ぼくって、だめな人間だよね。」  ぼくも冷水を見る。 「ごめんね冷水。ぼくは、ろくでもないから…」  またきみを、きみたちを傷つける。  わがままで自己中で、なのに、誰も失いたくない。 「…あなたは、変わりましたね。」 「え?」  「あなたの中の春川の存在が、そうさせているんでしょうね。」  冷水はぼくの質問には答えず、そう、嬉しそうに、言った。 (……。)  いいのかな、冷水は。 「冷水は、つらくないの?」  冷水は少し考えて、下を向き、 「…あなたがいて、春川もいる。少なくとも今は、私が守ることのできる範囲内に。このことは私にとって、かけがえのないことです。」 と言った。耳まで赤いので、本気で言ってるんだろう。  見とれていると、冷水は突然顔つきを変えて、ぼくをにらんだ。 「でも春川を泣かすことは許しません。」 …げ。 「う、嬉し泣きでも?」 「さっきはブルーのパターンが出ました。」 (……!) 「…ほほう…正確ですな…。」  背中に汗がにじみでる。  腕時計からの春川のデータは定期的に自動送信され、その感情の動向は、冷水の携帯画面の色からわかる。  携帯の画面には、通常は緑色の草原がなびいている。これは、春川がリラックスして落ち着いた状態にあるということ。  草原が夕日に染まったように黄色くなると、春川はなんらかの興奮状態にあり、さらに赤くなると、春川は怒っているということらしい。  そして月夜に浮かぶように青い色の草原が映ると、春川が悲しんでいる、ということになるのだ。  時計を見せてもらったときに、冷水から無理矢理聞き出した。ほかにもいろんなパターンがあるそうだが、教えてくれたのはそこまで。 「さっきはそのまま落ち着いてくれたようですが、その前に一瞬ブルーとレッドのパターンが交互に激しく出始めたので、来てみたら案の定あなたが春川を泣かして」…  あわわ~ダレカタスケテー  と、ここでやっと春川たちが帰ってきた。 (またまた助かった!)  春川と安堂は、カンガルーの親子みたいになっている。  安堂が、ぼくらがさきほど置いたプレゼントに気づき、春川から離れて奇声をあげながら駆け寄ってきた。 「アタシのプレゼントこれ?これ?どっちから?これはどっちから?」 「そっちのがぼくからで、それが冷水から。」 「爆弾なんて入れてないでしょうね、冷水ちゃん?」 「…するか。そんな火薬のもったいない使い方。」  いつもの2人。  良かった冷水の注意がそれて。 (まあ、たぶんあとで絶対怒られるけど。)  冷水たちから離れ、ドア付近でにこにこして2人をながめる春川のそばに近づいていく。  春川はもう泣いてない。  それどころか、とてもすがすがしい、いい顔をしていた。きれいな雪景色のおかげだろう。  ぼくを見上げる黒い瞳。 …ほらね。だめなぼくは、また春川を愛しいと思う。 「…店長。」  春川が口を開く。 「ん?」 「ありがとうございます。このテッド、」  春川が微笑んだ。  それだけで、まわりの空気があたたかくなった気がした。 「店長の、香りがしますよね。」 「…気づいた?」  春川のためにテッドに施した、ぼくのくだらない仕掛け。 「ぼくのコロンを染み込ませてあるんだ。ちょっとだけど。」  言ったとたんになんだか気恥ずかしくなってきた。彼らの仕掛けに比べて、ぼくの子供だましな仕掛けときたら。 「一緒に寝てあげてね。別にだからなんだってわけでもないけど、まあ、ようするに、…そうだな、」  冷水と安堂を見る。 「みんなね、ハルを幸せにしてあげたくて仕方ないってことなんだよね。ぼくのぬいぐるみも、冷水の時計も、安堂のロケットも、どれも、君の幸せを願って、考えて、用意されたものだ。」  ぼくの仕掛けは、春川が、ぼくがいないときでも悪い夢から救われるように。  冷水の仕掛けは、春川を、ずっと守ってあげられるように。  安堂の仕掛けは、そんな冷水に、春川が守りつづけられるように。 「メリークリスマス、ハル。来年は今年よりもっといい年にしよう、て、また泣いてんの!?」 「あー!泣かした!咲伯(さいき)がまた泣かした、春川ちゃんを!…ちょっとせっかくのクリスマスが台無しじゃない!なんとかしなさいよ守護霊!」 「…守護霊とはなんだ。それに、あれは大丈夫だから、いいんだ。」  冷水がちらっと携帯画面を確認した。  きっと今の春川の反応は、うれし泣き。  冷水は、 「朝ごはんの支度は済んでますから、早く来て食べて支度してください。カフェの開店時間まであと3時間ですよ。」 と言い、くるりとドアに向かった。 「大丈夫ってどういうこと…え、何見てんの?え、私も見たい、ちょ、ね、ちょっとだけ冷水ちゃん」  安堂も冷水に着いて行く。冷水は絶対に教えないだろう。  と、冷水はドアの手前で振り向いて、 「咲伯。」 とぼくのことを呼んだ。  そして…  世にも恐ろしい笑顔をみせた。 「…わかるんですから、もう。」  わあ……。  めちゃくちゃクギを刺された。  今後は春川をもっと丁重に扱え、ということだろう。  すでにぼくも春川の、いや、冷水の天敵とみなされたのか。 「…ハル、朝ごはん、食べに行こうか。」  これは、うかつに夜這いも出来ないぞ…。 「…そうですね。」 「…その時計、寝るときは外してね…。」  そうだよね…寝るときくらいは外して寝るよね…。  夜這いくらいは、大丈夫だよね…。  いやしかし。ああどうだろう。朝になって春川が腕に時計を装着した瞬間に、昨夜の感情の記憶がデータ化されて…  いやいやいやいや、さすがにそこまでは!  とにかく、今後は春川をもっと慎重に大切に扱わなければ。  いや、最初からそうすべきなんだ。  春川と、冷水と、ぼく。(と、安堂。)  これからのクリスマスも、大切な人と一緒に過ごすために。  ぼくらはまた、新たな一日を始める。 **END***

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