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SAIKI side 4
「今日からはこっちをつけてねって。冷水が。今年あげた時計には欠陥があるんだって。」
つけてみたら感じが変わるかも。
春川の細い手首をとって、そこから今までつけていた“旧式”の腕時計を外し、“新型”を装着する。
「おー、サイズもピッタリ……え?…ハル…泣いてるの!?」
春川の瞳がはゆらゆらとしていて、ぼくの声に驚いたのか、軽く目をしばたくと、そこからはついに透明なしずくがこぼれ出た。
なんでそんな悲痛な顔を見せるんだ?そんなにいやだったのかな、新型。あ!それとも、あれか!
「うれしくて!?うれしくて泣いてんだよね!?」
春川は答えない。
(それつけたままだと、ぼくがきみを泣かしたって冷水にバレるからヤバいんだよ。)
よし。
ぼくは立ち上がって春川を胸に押し付けた。
(大丈夫だよハル、大丈夫。)
寝ている春川にするように、頭を撫でてみる。
そして、気づいた。
今、春川の心を傷つけているのは、昔の記憶でもなんでもなく、ぼくだ。
春川は気づいたんだ。ぼくが今、春川ごしに冷水を見ていたことを。春川を見ていない。
そのことに気づいたから、彼は泣いてるんだ。
本当は知っている。春川がぼくのことを好きで、だから、ぼくがある程度勝手をしても、だまって耐えてくれていることを。
同じ恋愛感情でも、春川の気持ちは“好き”だけど、ぼくの気持ちは“愛”だ。
冷水も愛してるし、春川のことも、同じように愛している。
でもそのことが、春川を傷つけていることも知っていて、なのにぼくは、それを見て見ぬふりをしている。
「…ぼくのプレゼントは、どこでしょう。」
ほら、今だって、ぼくのなかで小さく震える春川をかわいいと思うぼくがいる。
春川の顔に近づいて、またキスする。
こんなに泣いてるのに。ぼくのせいで。
顔を離すと、春川はますます憮然としている。
「…もしかして、この、キスですか。」
すねたような口調で言う。
「ちがうよ。キスは、ハルが可愛かったから、したくてしたの。」
……あ、このセリフ、前にも春川に言って怒られたな。
春川は知っている。ぼくの卑劣なやり方を。
「ぼくのプレゼントはあのなかです。」
ソファのすぐ横にある大きなクリスマスツリーを示す。ツリーを見た瞬間、昨日春川が感慨深く放ったクリティカルヒットが蘇って、小さく笑ってしまった。
ぼくは、ばかだ。
こんな軽々しい態度で春川の気持ちを抑え込む気だ。
春川の気持ちを知っていて、冷水の気持ちも知っていて、だけど結局、ぼくが一番傷つかない方法を選択する。
ぼくは誰よりも卑怯で、愚かしい。
春川は、きっとそれを知っているけど、ぼくにはなにも言わない。
春川はゆっくり歩いて行った。
枝を触って、オーナメントを触って、でも探す気はないんだろう。そこでじっとした。
「ちがうよ、もっと下。下からのぞいてみて。」
声をかけながら思う。
ぼくのことなんかきらいになればいいのに。ぼくみたいな、卑怯な人間のことなんか。
純粋なきみには、冷水のような、きみだけを見て、きみのことだけを考えてくれる騎士(ナイト)がふさわしい。
ぼくがそこにプレゼントを隠したのだって、どうせ不純な動機なんだ。
ぼくの言うことに逆らわず、かがみこんでツリーの下を覗き込む春川の小さな背中は、やっぱり震えている。
泣いてるんだぞ。ぼくのせいで。
だんだん自分にいらいらしてきた。
…ぼくを非難しない、春川に対しても。
どうして『卑怯だ』って言わないんだ。言ってくれていいのに。
ぼくを責めて、なじって、ぼくの中の悪い“ぼく”なんか、やっつけてくれよ。
そうすればぼくだって、きみだけを見て、『悪かった』って言えるのに。
「まだ見つかんない?ちゃんと見た?」
「うっ」
春川を後ろから抱きしめて、無理矢理かがませ、ゆっくりと押し倒す。春川の力は弱くて、その細い体は、ぼくにすぐ組み敷かれる。
「…やめて、くださいっ!」
振り返った春川の顔は、やっぱり泣いている。
いいんだよ。ぼくのこと、きらいになっても。
体を回転して、春川をぼくの上に乗せた。春川はもぞもぞといやがる。
もっといやなこと言ってあげようか?
「顔、ぐしゃぐしゃだよ、どうしたの?何が悲しいの?」
もっといやなことしてあげようか?
春川の顔を挟んで、目をそらさずに、かわいい泣き顔をじっと見る。
(ほら、言えよハル。顔も見たくないって。)
悪意の塊のまま、キスでもしてやろうかと春川の顔を引き寄せようとした、そのとき。
「…きらいだっ!」
「え?」
「店長なんか!どうせ俺とは遊びのくせに!キスなんかに意味ないくせに!冷水さんのことしか、考えてないくせに!」
あ。
言った。
「ハル。」
春川はじっと目を閉じて、だまってしまった。
きっと今までずっと言いたくて、でも、言えなかったことだ。
ようやくぼくに、言ってくれた。
…でも。
…変なの。
そう言ってくれることを期待していたのに、春川に『きらいだ』と言われた瞬間、ぼくの心は少しきしんだ。
春川が目を開けて、大きな目で、ぼくをにらむように見る。
( ―― とくっ )
あれ、春川、今の顔…
すごく、きれいだった。
「…てんちょお…」
と、春川は顔をふにゃっと崩して、また泣き始めてしまった。
ぼくは動揺していた。
だめだろ。
春川は、ぼくの鎖から逃れる鍵を、やっと見つけたんだ。今連れ戻したら、また繰り返しになる。
―― だけど。
「…ふええ」
だけど。
かわいい。
「ゴメン。意地悪だったね。」
だめだ。やっぱり手離せない。
手離したくない。
…ぼくは、卑怯で残酷だ。
「プレゼントは、きみのすぐ後ろ。」
「え…」
ぼくの上でもぞもぞ体を動かす春川の首に、ぼくから伸びる銀色の鎖が見えた気がした。いや、安堂のペンダントだ。でも、そうなんだろう。またぼくは、捕まえてしまった。
春川がかわいくてたまらない。
冷水が愛しくて仕方ない。
だめだな、ぼくは。
見上げると、ぼくが昨日セットした不良テディベアのぬいぐるみが、ものすごい顔になってぼくらを見下ろしている。
―― ぶっ
「はははっ、ひどいな!夕べ、酔っ払って無理矢理突っ込んだもんだから。」
ぼくが笑うと春川の首の鎖も揺れた。
「…ハルにキスしてやろうと思って。ツリーの下で。」
安堂が言ってたのを聞いて。ね、不純な動機でしょ。
(…逃がさない。)
「テッド、助けてあげてくれる?」
「…はい。」
もう、手離さない。
ごめんね、春川。こんなぼくに気に入られちゃうなんて。
だけど、やっぱりきみを失いたくない。
優しくすることが残酷でも、この温もりは、冷水と同じようにぼくには絶対必要だ。
だから、これからもぼくは、きみを失わないために、なんだってするだろう。
そばにいたい。そばにいてほしい。
それを春川にも、わかっておいてもらいたい。
だから、さっきの春川の発言には、訂正しておくべき部分があると思った。
「ハルのこと、遊びだなんて思ってないよ。」
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