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SAIKI side 3
「…メリークリスマスだってば、ハル。」
春川のくちびるからチョコレート色の雫。 親指で拭ってあげながらもう一度言うと、春川は恥ずかしげに少し下を見て、「あ…、ハイ」とだけつぶやいた。
ハルは、ぼくからキスをされたあといつも少しだけ哀しげな顔をする。ぼくがキスを軽んじている人間なんだと考えているらしい。
大好きなひとにキスをするのは普通のことなのに。
「プレゼント開ける?」
「…プレゼント?」
そうか。まだ気づいてないんだ。
昨日春川が寝てしまってから枕元に置いた、ぼくたちからのプレゼント。
さっき春川が起きる直前に落とした冷水からのプレゼントは、ぼくのすぐ足元に転がってあった。
「落ちてたよ。」
冷水のプレゼントを春川の膝の上に置き、そのままひざまずいて春川を見る。
春川はプレゼントの箱を見て不思議そうな顔をしていたが、やがて『 はっ 』としたようにぼくを見た。
「そんな、俺は何も用意してないんですけど…」
こっちから要求するつもりなんかない。変なコ。笑いそうになる。
「いいんだよハルは。これは冷水からだよ。安堂からのもあるよ、そこに… 」
言いながら春川の後ろの枕のあたりを探る。…と、
あれ?無い。春川の後ろかな?
冷水からのプレゼントを持ったままの春川の背中を抱き寄せ、その後ろを確認する。
「あり?どこ?」
あ、なんか、ピンク色のがソファに埋まるようにつぶれてある。
手を伸ばすと春川の体が強張っているのがわかった。
(あ。)
…かわいいじゃないかあ。
だめ人間のぼくは、プレゼントは取れたけど春川の様子を楽しみたくてわざと間をおいてみたりする。
さらにぎゅうっ、とすると、春川はまた小さい息をはいた。
(くう♪)
…ほんとにだめだな、ぼくという人間は。
「あーあった。」
解放された春川のぎこちない表情がまたたまらない。。
「ははっ。春川、つぶしちゃってるよ、箱。」
かわいそうに、安堂のそれは春川の体とソファの間で見事にのされていて真ん中からひしゃげている。こわれものじゃないといいんだけど。
「じゃあ安堂のコレから開けようか。中のひとを早く自由にしてやらないと。」
破れた隙間からすでに中身が見えそうになっていた。
「ぼくが開けてもイイ?」
ここは箱を一気に全開にして、それが何かがわかる前に取り出してしまいたいところ。
春川が何も言わないので、承諾を得たものと判断する。
「なにかな?絶対教えてくれなかったからなー安堂。」
(おりゃー。)
ピンク色の包装紙をべりべりしていたら、回転させた瞬間になんか銀色のものが見えた。が、すぐに引っ込む。
(『いやーん。』←中身の声。)
(隠れたってむだなのじゃー。)
ひとり、調子に乗って箱まで破くと、スポンジが見えた。
あ、やばい、こわれものか?
同時に、ついに中身がこぼれ出る。
「お、わ、なんだこれ、チェーン?あ違うペンダントか。」
中のひとは、銀色で卵型のロケットをぶらさげたペンダントだった。
へえ。なるほどこれなら男子も使いやすい。
「ロケットが付いてる。ハル知ってる?この中に大事なひとの写真とかを入れとくんだよ。」
「ロケット。」
春川は、よくわかってないようだ。
「ほらこうして蓋を開けて…あ、写真もう入ってんじゃん。」
おお、これは冷水の写真!
冷水は写真に写りたがらないから盗撮だな、安堂。なのに目線はばっちり。
(やるなあ!安堂。)
―― 『冷水は春川の頼もしい騎士(ナイト)。』
安堂はいつもうらやましがっていた。
「…冷水さん?」
春川には想定外だったようだ。
「良かったねえハル!これはいいよ!お守りだ!」
「え、いやアノ…」
厳しい目つきといい、なるほど迫力満点の“お守り”って感じ!
(うん、我ながら今、うまいこと言った!)
さっそく春川にかけてあげる。
ロケット部分を首元に落とすと、
「冷たっ!」
春川は悲鳴を上げた。
冷たかったんだろう。面白かったので、また胸を押さえつけてみる。春川は2、3度ぶるぶるっと身震いした。
(ふふっ。かーわいい。)
春川の胸の奥には、きちんとロケットの形がわかる。
「いやー、いいもの渡すなー安堂。いつか冷水が知ったらひそかに喜ぶぞ…ふっふっふ」
顔、真っ赤にして喜ぶぞ。
春川が一日中、写真の冷水と一緒に過ごしてるなんて知ったら…これは愉快だ。
…さーて。本題、本題。
「じゃあ次、冷水のね?」
冷水のプレゼントは中身を知っている。すごいのだ。
「あ、はずしちゃだめだよ、ペンダント。」
これからのぼくら(ぼくと、安堂)の楽しみのために、春川に一度、念を押す。
「早く、開けて開けて。」
中身は腕時計。
一見するとただの腕時計だが、これがすごい機能を持っているのだ。冷水特製の、改良版。
―― 『今までの時計は春川の位置情報を知らせるだけの機能しか持っていませんでしたが、これは着けているだけで、その日の春川の体温と心拍数、行動範囲、おまけに春川の感情の起伏までを細かくデータ取りし、その情報が私の携帯に自動送信されてくる仕組みになっています。』
「ふふふふ。」
これを開発してぼくに見せてきたときの、冷水の顔。
嬉しそうに冷たく笑って、まるで殺し屋のようだった。
心配性の冷水は、春川がどこで何をし何を感じているのか、とにかく春川のすべてを手元に置いておきたいのだ。
なんたる実用的で、はた迷惑なアイデア!冷水らしい突っ走りかた!
「すごいかっこいいでしょ。」
あわれな春川は何も知らないまま、この時計ひとつ身に着けているだけで冷水に体調を管理され、位置を監視され、その感情の情報までを握られる。
「…また、時計?」
確かに。だって春川は、冷水からすでに時計をもらっている。今年の誕生日のプレゼントとして。
だが今回のは改良型だ。今までのものとは格別に違うものなんですよ、春川くん。
春川は、しかし思ったより深刻な顔つきをしている。
「うれしくないの?」
あれ?ばれてるのか?
…まさかね。だってどこからどう見ても腕時計だもん。
うれしくないのかな。
着けたくないのかな、この時計。
きみのために、冷水が何日か徹夜して製作したのに。
デザインがいまいちだったか?春川にはよく似合うと思うけど。
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