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「ドライヤー使って髪乾かして。完全に乾いたら…あー、こたつ暖めてるから」  少ししめっとした自分の髪を一つにまとめ、私はリビング側に戻る。背を向けたと同時に、ブォンとドライヤーを起動させる音がした。  対面キッチンで、鍋に水を張ってわかす。夏の残りのそうめんを半分ぶち込み、一分のタイマーの間に溶き卵、わかめ、冷凍しておいた大根おろしを準備。タイマーが鳴ったらお湯を切って、少しだけ水にさらす。で、土鍋を火に掛けて準備しておいた三品とそうめんをぶち込む。  何の変哲もない、簡単にゅうめんだ。  あの痩せ具合と肌の感じからして、数日ご飯を食べていなさそうだった。だからお腹に優しいものをと思ったけれど、お米もないし、朝用のパンはタマネギが入っていて、弱った胃腸にはつらい。だから選択肢がこれしかなかった。  塩と出汁粉で少し味を調えて、あっさりめに仕上げた。コンロの火を消すと同時に、ドライヤーの音が消えた。慣れていないのか、思ったより時間が掛かったらしい。 「……」 「どうしたの」 「あ、あの、なにかしなくて良いですか?」  なにもしないのが、変な感じがしてと社畜根性を見せてくれる。いや、そういうの良いから…と悩みながら、鍋敷き一枚と箸だけ持って行かせた。それでもやっぱり、納得いかないように何度も振り返って来た。とりあえず、無視することにした。  こたつへ鍋を持って行く。鍋つかみの上からでも分かるこの熱さ。一人用の土鍋なんて使わないと思っていたけれど、まさかこんなことに使うとはもっと想像が付かなかった。人生いろいろあるものだ。 「よいしょ…」  土鍋分の重さが結構ある。味見はしたし、腕に覚えがあるからある程度美味しく仕上がってれば良い。彼氏以外に自分の手料理を振る舞うのは一体いつ振りかと、少しわくわくしている自分がいる。 「はーい、少し遅い晩ご飯ですよ」  二人くらい前の元彼が置いていったパジャマがぴったりだった。なんなら貰ってくれても良いなと思うくらいぴったりだ。  彼は、目の前に鍋が置かれると、じっと見たあとお腹を押さえた。あまりに俊敏な動きで、もしや本当はお腹が痛かったんだろうかとひやひやして見ていると、ぎゅるるると変な音が鳴る。彼の顔が真っ赤になった。  なにもなかったように、お茶をいれてやる。ほうじ茶だ。冬はこのお茶が一番美味しい気がする。  おっとりした動作で、箸を掴んだ。両手を合わせて、小さな声でいただきますと言う。 「どうぞ、ゆっくり上がってね」  なんとなく、人がものを食べている姿が好きだったりする。性格が出るからだ。 ものを飛ばしながら食べる人は、人に対しても乱雑だったりする。逆に、一口ひとくち食むように食べる人は、丁寧な人だったり。彼はどんな食べ方かな、とバレないよう観察する。  ひとすじめんをすくって、ふうふう息を吹きかける。猫舌らしい。ちゅるっと吸うも、下手らしく、つゆをあたりに飛ばしてしまった。不器用。困っているのを気付かないふりをして、お茶を飲んでみる。すると、貸したパジャマの袖で拭こうとしたので、慌てて止めてティッシュをさしだす。真面目だけど、案外おおざっぱみたいだ。  意地悪心が働いて、呆れたようにため息を吐いてみせる。 「そんな慌てて食べると、喉詰まらせるわよ。冷めるまでお茶飲んでなさい。……あ、お茶も熱いけどね」  そう言っても、簡単に箸を置こうとはしなかった。お茶と鍋を交互に見て、途中からそれに私が混じった。 「……だって、も、日を跨いで…もう眠りたいでしょう?」 どうやらまた、変な気を遣っているらしい。呆れたふりをしたのが行けなかったかもしれない。しおらしく箸を離さない様子をみていると、さすがに少し、罪悪感がする。ここは、彼が望む『夜の世界の住人』の振りをするべきかもしれない。 「ばっっっかねえ」  また呆れた振りして手を振ってやる。 「私たちなんて、今から外出ることもあんのよ。それで朝までどんちゃん騒いでたこともあるし。今なんて……あー、夕方よ、夕方」  嘘だ。真っ赤な嘘。あんたと私は違う世界に住んでるの、常識が違うの。そんな風な思いの丈を伝えるつもりで。……本当は、自分も普通に生きているつもりの人間なんだけれど、それが望まれる状況だけじゃない。だから、こう言う嘘だって仕方が無いんだ。  けど、嘘も方便だ。信じ込んだようで、箸を置いてくれた。丁寧にも、土鍋にふたをする。ちょっとだけほっとする。お茶を持って、またお茶に息を吹きかけている。温かいお茶は美味しいけれど、やっぱり猫舌にはつらいようだ。 「……お料理、じょうずなんですね、さすがです」 「そう?」  料理は嫌いじゃない。例のノンケが彼氏だったとき、強制的に覚えさせられたっていう嫌なきっかけだった。けれど、それから友だちに鍋振る舞って喜ばれたり、職場にサンドウィッチ持って行って褒められたり、きっかけ以外に悪いことはなかった。  それになにより、こうしてイメージ通りのオカマを演じるのにちょうど良い。  少しの眠気とほろ酔いで、口が滑った。 「彼氏がノンケだった頃に、オカマなら料理しろーって言われて、腹が立っちゃって」  頭が眠気でふわふわしている。まずいとは思いながらも、誰だって自分のことを話すのは楽しい。つるつる口が滑っていく。ほら、やっぱり彼は目を少し大きくしている。 「それでやけになって、めちゃくっちゃ高い、よく切れる庖丁を買ってね。よく切れる庖丁ってすごいのよ。何でもとろけるみたいに切れちゃうの」  手を庖丁に見立てて、にんじんだってこう、こうと切る仕草をしてみせる。気がつくと笑っていた。そういえば、恋愛以外の話を人にするなんて、いつぶりだっけって、嬉しかった。目がかすんできた。元々少し酔っ払っていただけあって、眠気が回るのも早い。だめだ、と思いつつこたつに足を突っ込んだまま横になった。 「元々そんな料理するような性格じゃなかったのに、道具一つで変わっちゃった。俺、今は趣味が料理かも――」 「……おれ?」

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