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「ほら、起きて…」  肩をとんとんされている。半分寝ながらかちかちという音を聞いていた気がしていた。起きて頭を振ると、だいぶ軽くなっているし、お湯に黒い糸がたくさん沈んでいる。髪の毛だ。頭の後ろに手をやる。あ、短い。水が髪の間に入って、少し頭がひやっとしている。 「おはようございます…?」 「はい、おはよう。まずこれ」 「あい…」  手に握らされた形から察するに、おそらくさっき飲んだペットボトルだ。ポカリみたいな甘い味がした。よくよく見ると、やっぱりポカリだった。 「頭流してあげるから、こっちおいで。ああ、頭振らないで良い、もっと落ちちゃうから…」  言われるがままに、お湯を出る。暖房の風が体を撫でるけど、全く寒くない。ありがたい。流す、ってことは多分、シャワーで流してくれるんだろう。俺は何をしに来たんだっけ、と思うほどされるがままになってしまっている。 「お腹痛かったりしない?」  頭に温かいお湯を当てられながらそうやって問われる。お腹に手を当ててみると、ポカリをしこたま飲まされたせいか、下っ腹が少しぽっこりしていた。けれど痛みはない。首を横に振る。髪を流す手つきは、壊れ物を触るようで、なんだか畏れ多かった。 「そう、それならよかった」 「……さっきからなにを、しているんですか?」 「んー……お世話?」  お世話と言われても、と口を噤んだ。そうするとその人はクスッと小さく笑った。 「私の一番上の兄さんがね、むかし、大学受験で燃え尽きちゃって、なんもやる気になってくれなくなった時があって……その時に、何もできなかったの」  だから、その時の懺悔というか、罪を償っている感じかな、とその人は言った。そういうわりには少し暗い。その時の懺悔なら、やっとあのときの後悔を晴らせた、というような晴れやかな顔をしていると思う。  少なくとも、俺は。 「おれは、お兄さんみたいに燃え尽きてるわけじゃないですよ」 「わかってるよ。私が勝手にやりたいだけ」  よし、おしまい、とタオルをかぶせられる。ふわふわで、甘い花の香りがする。けど少し、話しているこの人の感じとはかみ合わない気がした。

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