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一皿目 おはようからおやすみまで、暮らしを見つめる魔王です。
数多種族が生まれ、様々な国が生まれ、魔界が生まれ、人間国が生まれ。
そしていつしか魔界から溢れだした魔物たちに苛まれる人間国は、異世界から魔界の王・魔王を討伐せしめる人間──〝勇者〟を召喚するようになった。
勇者と魔王の戦いは何百年、何千年にも渡り、そしていつの時も魔王の勝利で物語はバッドエンドを迎えていた。
人間国の恐怖の象徴。
悪の根源、すなわち魔王。
強大な力を持つ残虐非道な魔族の頂点に君臨し、誰よりも強く、誰よりも冷酷で、誰よりも残忍。血も涙もない恐怖の権化。
幼い子どもに読み聞かせる童話にすら描かれるような存在。
──パタン、と恐ろしい絵が描かれた児童書を閉じて、ベッドに腰掛ける自分の膝の上に頭を乗せてすやすやと眠っている美丈夫を見つめる。
「魔王なら俺の膝で寝ているぜ、というやつか」
前の世界で学生時代友人だったお調子者の男の言葉を微笑みとともに呟き、膝の上の魔王の前髪をサラリとなでる。
さて、あどけない寝顔を晒してなんの夢を見ているのかにへらと笑っているこのやたらと整った容姿の男。
普段はアジアンテイストな仕立ての上質な黒い衣服をまとい派手なアクセサリーをつけているが、今は肌触りのいい黒の夜着姿。
それすらも似合う柔らかな夜色の髪に、美しく派手な顔立ち。
高身長で細身ながら筋肉のついた素晴らしいバランスの体躯を持つ、それはそれは上等な美形。
お察しの通り、彼こそが今代の魔王様。
〝鬼哭血獣 〟嘆きの魔王──アゼリディアス・ナイルゴウンである。
このおどろおどろしい肩書は文化だ。
魔王城で役職を持つと、名付けの水晶で肩書を示されるらしい。本人は恥ずかしいと言ってフルで呼ばれるのを嫌がっている。
そしてこの魔王様は、元・勇者の俺──大河 勝流 の嫁でもある。
つまり伴侶だ。結婚相手だな。
いや、本人は俺が旦那だと言うんだが、俺はかわいらしいアゼルのほうが嫁だと思っているんだ。俺も男だからな。
まぁ確かに夜は俺が抱かれるほう……でも、それとこれとは別問題。
今から八年前。
俺は勇者としてこの世界に召喚された。
当時夢も希望もない二十六歳の冴えない社畜リーマンだった俺は、電車から降りようとした途端、のっぴきならないミラクルでこの世界に召喚されてしまってな。
こう見えて現在は三十四歳だぞ。
異世界人は召喚獣扱いで肉体が劣化しない。歳をとっても見た目が変わらず、寿命も人よりいくらか長い。
そんな死ぬまでこき使い放題設定を付与された俺は、突然召喚されたあと人間国を救う勇者だと担がれてしまった。
見ず知らずの世界で逆らうこともできず幽閉され、長い間仲間もおらず、汚い仕事をしては、ひとりぼっちで過ごす社畜生活。
そして働きすぎた俺は民衆の間で次期国王説が流布し、世論がよろしくなくなった王様に魔王を倒してこいと着の身着のまま、今度は一人追い出されたわけだ。
この時は流石に今すぐうっかり死んでしまわないか、と来世を望んだな……。
前述のとおり、全ての魔王は歴代勇者戦無敗である。魔王を倒せとは〝生きていられては困るから死んでこい〟という意味だと察するにあまりあった。
とはいえ寂しかった俺は……見捨てられたとわかっていても、魔王を倒せばまた国に帰れると思ったのだ。
故に決死の特攻を仕掛けた──が。
あっさり返り討ちにあい、血だまりにドボン。それはもう本当にあっさりと。
当時は兎に角頑張るが唯一の戦法である俺も流石に死を覚悟したのものの、なぜか目を覚ますと天蓋付きのふかふかベッドの上で檻の中に入れられていたのである。
ふふふ。思い返すと間抜けだな。
けれど、これが始まり。
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