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第2話
俺を捕まえた魔王は「俺の吸血家畜としてそばにいろ」と言ったが、いくら流され体質でもそんな一生は流石に嫌な俺が「今すぐ吸い殺してくれ」と言うと、叫びながら逃げていった。
あとで判明したが魔王の種族こと狼型吸血鬼・クドラキオンにとって、吸い殺してくれは結婚してくれの意になるらしい。
異世界人は血がうまいんだそうだ。
俺はそれで吸血家畜として捕まったのかと納得していた。
しかし本当は魔王の昔の恩人が勇者な上に俺と同じ名前で、乗り込んできた俺を彼と勘違いしたことから捕まえる理由をこじつけたらしい。
そう、勘違いだ。
実際は〝シャル〟と人間国で呼ばれていた俺はその彼──先代勇者の名前を民衆を欺くために呼ばれていただけで、全くの別人。
真実が判明する頃には、俺はすっかり魔王を、アゼルを愛してしまっていて。
最強なのに泣き虫で口下手で素直になれなくて誤解されやすい、本当はとっても繊細な魔王を、離れがたいほど求めてしまい。
そしてアゼルも……俺を同じように、愛してくれていて。
その愛を失いたくないと切望していた真っ只中に乗り込んできた現・勇者に拐われたりしたものの、紆余曲折あって、俺が何者でも変わりない想いがあるとお互い確かめ合った。
現在は結婚まで漕ぎ着け、晴れて朗らか和やか夫夫である。
魔界は同性婚異種族婚両方ウェルカムな細かいことは気にしない国なのだ。
ふーむ……振り返ってみるとなかなかのカオスじゃないか?
ちなみにプロポーズのきっかけは、本来の意味を知らない俺が吸い殺してくれとベッドに連れ込んで告白したからである。
一晩中愛し合ったあとにアゼルもプロポーズしてくれて、今の俺たちは結婚後ひと月の新婚さんだ。
神に誓う結婚式をする習慣がない魔界では教会がそもそもないので式を挙げることはできなかったが、指輪は交換した。
もちろん給料三ヶ月分だぞ。
アゼルの給料三ヶ月分だととんでもない指輪が買えてしまうので、ジュエリーショップでセレブ買いをキメそうになるアゼルを必死で止めたのが懐かしい。
彼は魔界の運営費はきちんと考えて適切に割り振っているのに、自分のポケットマネーには無頓着で限度を知らない。
どんぶり勘定はやめさせないと。
「ふ……」
プレゼントを山と贈ってきたある日を思い返しながら、アゼルの髪をなでる。
俺の左手の薬指には、石のついてないシンプルなプラチナのリングがはまっていた。
ダイヤがついていると巨大なやつを買おうとするものだから、こうしたのだ。
お揃いのそれの内側には、お互いの名前が彫ってある。
俺は毎日指輪にキスをする。
今日も愛していると、変わらない愛をこっそり告げるのだ。
「んん……」
和やかな朝の時間を満喫していると、膝の上ですやすやと眠る彼のまぶたがわずかに震えた。
起きるかな、と優しく見つめる。
「ん……ふっうあ……っ!?」
「おはようアゼル」
「おっおはっ、おはっ……ひざまくら……っあわぁぁぁ……っ」
「うん!?」
朝に弱くボンヤリ目を覚ましたアゼルにニコリと笑って挨拶をすると、状況を理解すると同時にアゼルは転げ落ち、床にゴチンッ、と頭を打った。
慌てて立ち上がるが、アゼルは両手を顔に当て床でプルプル震えている。
彼はたまにこんな感じで奇声をあげて、おかしくなる。
初めはびっくりしたが、これは持病の発作らしい。ちょっとすると収まるのだ。
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