ふかふかのカーペットが敷いてある俺とアゼルの寝室で、まさかゴチンという音を聞くことになるとは。 　心配になってしゃがみこみ、アゼルの頭をよしよしとなでてたんこぶがないか確認すると、よりいっそう「俺の嫁が優しい」とプルプル震え始めて困ってしまった。 　ううん……寝ている間に構いたくなって、勝手に膝枕をしたのが良くなかったのかもしれない。 　俺のほうがいつも早く起きるんだ。 　今日も早々と日課のストレッチを終わらせたのだが、それでもアゼルがまだ眠っていたので、つい魔が差してしまった。 　時間を潰すために現・勇者で今は魔王城に匿われているツンツン金髪のムキムキ青年──リューオから借りた絵本を読むことにしたのだが、アゼルの寝顔がかわいくてだな……。 　窓から差し込む朝日はすっかり明るく、輝いている。 　アゼルは早く準備をして、朝の報告や謁見のために玉座の間に行かなければならない。 「アゼル、ごめんな。もう勝手に膝枕しないから、早く顔を洗って着替えてくるといい。そろそろ朝食が運ばれてくるぞ？」 「ばッ、ちが、グルル……ッやるなとは言ってねぇッ！　悪くなかった、悪くなかったからな。きッ着替えてくる！　覗くなよ！」 「おお、そうか。よかった。覗かないぞ」 　アゼルは俺の言葉を聞いてガバッ！　と勢い良く起き上がり、手と足の同じほうを出してガオガオ吠えながらシャワールームに向かった。かわいいやつめ。 　それにひらひらと手を振り返してから、両手で目を覆ってアゼルの帰りを待つ。 　俺は覗かないぞ。 　ツルに覗くなと言われれば覗かないタイプの男だ。まぶたも閉じているから、ちゃんとなにも見えない。万全の目隠しである。 「マオウサマ、シャル、ゴハン！」 　そうしていると、ガチャ！　と扉を開ける音がして、次いで聞き覚えのある毎度お馴染みのかわいい従魔の声が聞こえる。 　バスケットボール大の一つ目コウモリの魔族──カプバットのマルオだ。 　魔王の部屋付き従魔の彼は、毎日俺とアゼルに三度の食事を届けるのが仕事なのだ。 「んん、おはようマルオ。アゼルはシャワールームで朝シャン中だから、朝食はテーブルに並べておいてくれるか？」 「オハヨ！　オハヨシャル！　ナラベル！　ナラベル！　……シャル、ナンデメカクシ？」 　テニスコート二面分はある広さの部屋の真ん中に位置する部屋にそぐわないノーマルサイズなテーブルへふわふわ浮かせてきた食事をおいただろうマルオが、パタパタこちらへ近づいてくる気配を感じる。 　ちょこんと膝に重さを感じて、彼が膝の上に乗っかったのがわかった。 　そこにいるだろうマルオに、目を覆ったまま顔を向ける。 「アゼルが身支度を覗かれるのではと、不安がっていたからな。ちゃんと見えないアピールをしているんだ」 「！　シャル、ヤサシイ！　マルオモ、メ、ツブルカ？　ナイカ？」 「大丈夫だ。マルオは他のお仕事を終わらせておいで」 「ナイカ！　ワカッタ！」 　元気なお返事と共に膝の上から重みがなくなって、マルオの気配が遠くへ離れた。 　きっと洗濯物を引き取っていくのだろう。 　元々ただのリーマンだった俺は、こうやって誰かに炊事洗濯掃除と世話をされることに慣れず、落ち着かない。 　だが魔族だらけのこの魔王城で人間が従魔の仕事に交じるほうが良くないらしく、おとなしく任せることにしているのだ。 　アゼルと寝食を共にするようになってからは、余計俺だけやめてくれとは言えないしな。 　結婚しても俺の生活はあまり変わらない。 　元々同じ城で暮らしていたから、アゼルの部屋に俺が住み着いただけだ。 　それでもこの左手の指輪には、死が二人を分かつまでアイツは俺のものという意味がある。それだけで十分に、価値がある関係なのだ。