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第6話
♢
「いらねぇ。次」
スパッと取り付く島もない対応で、ゾロゾロとやってくる魔族を追い払い続け、何人目だろうか。
玉座で足を組んでさっさと来客を捌いていくアゼルは、王様らしく不遜な態度で至極つまらなさそうな表情だ。
仕事中のアゼルは、やはりいつもより素っ気ない。
毎朝誰かしらの来客やなにかしらの報告会や会議があったりするので、飽き飽きしているのだろう。
それを玉座の脇にある天幕の隙間から眺めている俺は、王様も大変だな、と思いつつも、尊敬の念を抱く。
誰かの上に立つ気質ではない俺には、逆立ちしたって真似できない。
魔王の仕事は、午前中は殆ど人間国で言うところの貴族──つまり強力な魔族達との会談や会議か、この玉座でぞろぞろとやってくる臣下達の報告を聞くのだ。
税収だとか取れ高だとか、毎日の魔界の営みがちゃんと問題なく行われているかを、確認する。
魔界はそのへんも緩いんだがな。
そして臣下が終われば、次は商人の売り込みや苦言進言の謁見が始まる。
しかしアゼルは話を聞き終わると即断即決で言葉を返し、追い出してしまう。
魔王の決定に逆らうことはできないが、理由を尋ねられればぐうの音も出ない態度で説明されるので、すごすごと引き下がるしかない。
一刀両断のバッサリだ。
塩対応すぎる。
「王様には誰にも左右されないどっしりと構える強さが必要になるからな……」
とはいえアゼルのあれは本人の気質ではなく、魔王モードなだけだが。
警戒心が強いので基本威嚇するだけで、恐れ知らずなわけじゃないからなぁ……。
なんて内心でごちて、ペンを走らせる。
先ほどからアゼルの謁見が終わるまでこの隅っこで待つついでに、俺は記録係のバイト中なのだ。
来客の名前やら要件やらとアゼルの対応を手元の用紙に記入するだけの、簡単なお仕事だぞ。
カリカリと書類の対応欄に〝拒否〟と書き込んで、また違う商人の話を聞いている塩っぱいアゼルを眺める。
「?」
しかし書き込み終わってから書類から顔を上げると、応対している筈の彼とバッチリ目が合った。
バチッと噛み合っている。
すぐに逸らされたが、涼し気な目尻が若干赤い。
それをじーっと見つめていると、チラチラと目線だけチラ見され、こそこそ伺われる。
ん? 構ってほしいのか?
よしきた。
「っ、っ、」
片手を上げてヒラヒラと手を振ってみると、アゼルは仏頂面だった表情が、途端ににま~と緩んでいた。
可愛いな。
夫の職場にたまたま用事で来た妻の気分だ。
「? こちらの商品がお気に召されましたか? さすが魔王様お目が高い!」
「あぁ!? あ、ぇ、うう、そうだな、」
しかし商人はにやけたアゼルが、紹介中の商品を気に入ったと思ったらしい。
ずんぐりむっくりのパピヨン顔の商人に目を輝かせながら持ち込まれた調度品を売り込まれ、アゼルはドギマギと視線をうろつかせ始めた。
うん。まさか妃が脇に控えているから浮かれていてニヤけただけ、とは言えないしな。
後に引けなくなって困っているようだ。
大丈夫だぞ。
ポケットマネーの全貌はわからないが、城の調度品予算はまだ余裕がある。
うっかり買っても置くところもまだある。会計決済報告書を見たからな。
心の中で親指を立てて頷く。
そんな俺を見るアゼルは、ちょいちょいと指を傾げて、こっちに来いと示した。
「ん?」
「……俺は物の目利きはできねぇ。好きなもん適当に選べ。成行きってやつだ」
「やはり後に引けなくなっていたのか」
「う、うるせぇっ」
耳元に唇を寄せて小声で告げられ、やっぱりなにか買う流れから抜け出せなかったのか、と納得した。
仕方がないので言われた通りに、目の前の商人の商品を見回してみる。
んんん。高そうな置物ばかりだ。
なんだあの壺は。大きすぎやしないだろうか……。
梅干しがいくら漬けれるかわかったもんじゃないぞ? この世界に梅干しがないのが残念な勿体なさだ。
「うーん、惜しい逸品だ」
ふむふむと評論家のような顔つきで吟味し、それらしく呟く。
とはいえ実際は骨董の趣味なんてなく、見ているだけではよくわからない。
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