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第10話

 ──じゃない。  ゴホン。話を戻そうか。  それで俺がなんでアゼルが張り付いているのに慣れているかと言うと、だったな。  理由は簡単。歩きにくいと言ったら、横抱きで運ばれたことがあるからだ。  往来でお姫様だっこはキツイ。  キツイというか、俺がイタイだろう。  それで抱きつかれているうちに、慣れたというか。今や温かみがないと若干寂しくなる。 「アゼルに抱きつかれて歩くのは、慣れれば温かいし気にならなくなったな。アニマルセラピーってやつだと思う」  頷いて答えると、眉間にシワを寄せて理解出来かねる様子で睨まれた。  俺の話に興味津々なリューオは、余程ユリスに拒否され続けているようで、打開策を模索中らしい。  最近の彼の愚痴には必ずリューオが出てくるから、ある意味で意識されてると思うんだが。 「いや、アニマルってあのクソバカデカイ狼だよな? ジャンルゼッテェホラーじゃね? セラピー要素ねェだろ。それにノーマル形態人型のデケェ野郎じゃねぇか。ムサイわ」 「ん……どれも気にしたことがないな。これはんと、あれじゃないか? 愛故にと言うやつだ」 「それ言ったらなんの参考にもなんねぇだろォが。あとニヤけてる魔王ウゼエから死ね。爆発しろ。木っ端微塵になれ」 「ふっ、愛故に……!」 「ウゼェわほんとコイツウゼェわ」  青筋浮かばせて眼光鋭く呪詛を唱えるリューオと、勝ち誇った顔で俺に抱きつく力を強めるアゼル。  二人の間に、VSが見えた。  このままではまた、壁に穴でも開けるかもしれない。  危機を察知した俺はバイバイと手を振って、早々に離脱することにした。  んん……しかし、どうも俺に質問することといい、アゼルに妬くことといい、もしかしての予感。  リューオはショタコンと言うやつだからユリスを好きなのだと思っていたが、違うようだぞ。  こんなに素気無くあしらわれてもどうにか触れようとしているあたり、かなり本気なのではないか? 「それは素敵なことだ」 「? なにが素敵なんだ?」 「ふふふ。恋する人を見ていると、応援したくなる」 「むぁぅ」  ユリスの気持ちを無視して全面協力することはできないが、相談ぐらいはいくらでも乗ろう。  個人的に応援するだけならきっと大丈夫。  俺は不思議そうにするアゼルの頬へ不意打ちのキスをして、密かにエールを送った。  用事を済ませた俺達は、ようやく中庭の専用厨房に到着した。  毎日の俺のお仕事である、お菓子作りを始めることにしたのだ。 「本日のオヤツはくるみのキャラメルタルトです」 「ハイ先生」  エプロンをつけて料理番組を思い出しながらテーブルの前に立つと、アゼルがノッてくれた。真顔だ。かわいい。  俺はいつもの紺のH型エプロン。  アゼルは予備のグレーのエプロンだ。  テーブルには直径四十センチほどのタルト型がある。  実のところこのタルト型は、巨人の瓶ソーダの王冠だったり。タルト型が魔界にはそうそうなかったのだ。  それでは朗らかムードで意気揚々と、シャルさんクッキングを始めよう。  まずは室温に戻してあるバターの塊を巨大なボウルにいれ、二人各々ネリネリと練りまくる。  そこに砂糖を小分けに追加。  さらにネリネリ。  怪力のアゼルはもちろん、俺も割と鍛えているのでネリネリもお手の物だ。  強化人間的なステータスを持っているため、煉瓦ぐらいのバターの塊も余裕でシャカシャカとクリーム状に練れるんだ。

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