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第11話

「バターは料理以外にも使うんだな。しかも塊じゃねぇか。鈍器か」 「鈍器じゃない。材料は全部城の厨房の為に仕入れるものをついでに俺も頼んでいるから、料理に使うものばかりだ。格安でとても助かっている」 「ほんとか? でもこんなに使うんだろ? ただでさえお前は価格設定がのほほん価格なんだぜ。毎度いろんな菓子を作ってるくせにあの価格って、利率どうなってんだ? コスパ大丈夫かよ? 適当に牧場でも作るか?」 「お世話が大変だな」  割った卵を追加して混ぜながら、なんでも大規模なアゼルにノーと答える。  牧場な物語が始まってしまうじゃないか。  それもいいかもしれない。  それに俺のお菓子屋さんの価格設定は初めほぼ原価だったが、今は違う。  ユリスに叱られて何割か上げられてしまったので、塵も積もれば山となり、今は結構な蓄えがある。  それでもアゼルがあぁ言うくらいにはお手元に取ってもらいやすい値段なのだが、価格を多少上げても顧客が全く減らなかったのは嬉しい誤算だ。  ニコニコする俺の隣で、アゼルはお馴染み展開で卵を破壊することなく、器用にパカパカ割っていた。  物理的なことに関してはやはり要領がいい。  精神論はすこぶる弱いのにな……。  アゼルは未だに言葉の含みはよくスルーする。  ネリネリタイムが終わると、白砂糖を加えてクリーム状になるまで練ったバターに、塩を一摘み加えた。  そこに纏めてふるっておいた小麦粉を、何度かに分けて入れる。  そして小麦粉を入れてから、木べらで切るようにさっくりと混ぜるのだが。 「ふっ、あははっ、アゼル、白い、ははっ!」 「…………」  ボフッと小麦粉を一度に入れたアゼルは、舞い上がった小麦粉で顔が白くなってしまった。  それがおもしろくて、ハンドタオルで優しく叩いてやりながらクスクス笑ってしまう。  されるがままのアゼルは苦い顔をしていたのだが、顔に手を添え拭ってやるとガチンと固まっていた。  そんなに緊張しなくてもちゃんと取れるぞ? そのままでも面白い。物理的にも面白い。  時折じゃれながらも進むクッキング。  さっくりとほどよく混ぜたタルト生地に、アゼルが上手に卵を割って作ってくれた卵液を数回に分けて入れ、ムラがないようによく混ぜる。  グルテンがなるべく少なくなるよう、ここではネリネリ混ぜないのがポイントだ。  卵液を小麦粉の後に入れるとサクサク食感の生地になり、生地を休ませる時間も減らせる。  と、祖母が言っていた。  出来たタルト生地を薄く伸ばすのだが、この世界にはクッキングシートというものはない。  なので同じような役割をしている耐火紙を使って生地を挟み、均一に伸ばしていく。  大雑把にやると駄目だと学んだアゼルは、かなり慎重に生地を伸ばしていた。  そーっとやっていたがその厚みが見事に均一で、極められたら俺の立つ瀬がない予感がしたぞ。  そんな緊張のタルト生地を氷室で冷やしてからタルト型に貼り付けて、フォークで表面に穴を開けたらオーブンに突っ込む。  その間にキャラメル、バター、生クリーム、はちみつと、待望のくるみ様を煮込んで後で上に乗せる中身を作っておいた。  くるみが好きなアゼルが甘いものでコーティングされているくるみをじーっと見つめるものだから、つい甘やかしたくなってスプーンで一つ掬う。 「一口だけだぞ? ほら、あーん」 「あっ、あーんっ!?」  バッと両手で口元を押さえて、全力で顔を逸らされた。  嫌なのか? 大丈夫だ。  ちゃんと洗ってあるスプーンだぞ。  アゼルは毎日一回以上はキスしているのに、間接キスは嫌なんだな。嫁の好みは覚えておかないとだ。  スプーンは洗ってあるから大丈夫だぞ、と言うとアゼルはなぜか逆に肩を落としていた。  しかしキャラメルくるみを食べると、黙ってモグモグしながら「悪くねぇな」と呟く。  アゼルの悪くねぇな、は気に入ってくれているということに少し前に気がついたので、俺は頬を緩めるのだ。  焼けたタルト型に作りおきのタルトの中身に大活躍なカスタードクリーム、アーモンドクリームを敷いて、上からキャラメルくるみをぎっしり乗せた。  二種のクリームを使うと魔導オーブンの加減に繊細な魔力操作を必要とするが、流石に慣れているので設定にミスはない。  俺はこの瞬間が、大好きだ。  これを焼くと美味しいお菓子になるのだ。  待ち時間にオーブンから香る甘い匂いも、大好きだ。  自然にやにやしてしまう。  いけないな、でもニヤけが止まらない。  ウキウキとオーブンにタルトを入れて閉めると、アゼルが背中に抱きついて頬を寄せてきた。温かい。  しかしついさっきまで興味津々、俺の手元を真似て感心していたのに、今は少し拗ねている。 「アゼル、お菓子作りはつまらなかったか?」 「お前の好きなもんはなんでも好きだ。料理もしたことねぇし、コレは楽しかった。でも一番お前が好きなのは俺じゃねぇとダメだろォが。浮気はよくねぇぞ」 「浮気?」  楽しんでくれたなら良かったが、浮気と言われて首を傾げる。  誤解だ。  なにがどうかはわからないが、俺はアゼルが一番なのだ。  不安にさせるなんてとんでもないので、くるりと振り返り正面から温かな身体をぎゅっと抱きしめる。  自分で言うのもなんだが、俺はどうしようもないほど手酷く振られない限り好きな人をずっと好きでいる。  損だ馬鹿だと言われるが、誓って浮気はしない。 「俺の一番はいつだってお前だ。この指にはこれ以外の指輪を嵌める気はないぞ。一体俺は誰と浮気したんだ?」 「オーブン」  ……アゼルの嫉妬の対象は、無機物も込みらしい。

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