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第16話
◇
大人気なく舞い上がりノリノリになってしまったことを反省して、俺達はそれはそれはおとなしく夕食を終えた。
魔王の部屋の浴室には、金色の猫脚が可愛らしい大きな備え付けのバスタブがある。
二人共部屋にいる時は高頻度で一緒に入ったりするのだが、今日はしょんもりと順番に入った。
就寝までの時間も俺はストレッチ、アゼルは読書と、いつも気が乗ったらする吸血タイムを差し置いて非常に健全な夜だ。
大の大人の男二人がはしゃぎにはしゃいだのを、魔王城の良心である彼に見られたのが、相当効いている。
夜も更けてきたので、アゼルはカプバットが置いていった日々必ず発生する系統の書類を処理しつつ、明日の予定を確認中。
ベッドの中から整った横顔をじっと見つめるが、気が付かない。
俺の視界のアゼルは時折阿鼻叫喚を思い出しては、頭を抱えてぐねぐね悶絶していた。
普段は見られた程度じゃあんなに恥ずかしがらないのだが、今回は人が悪かったのだ。
──ライゼンさんは親のいないアゼルにとって、魔王としての仕事や私生活を支えてくれたお母さんのような存在だからな……。
そういう意味では俺の姑である。
意味のわからないイチャイチャを姑に見られるなんて、流石の俺だって色々逃げ出したくなった。
表情が大きくは出ないのでいつものほんとした真顔気味の俺と、なにも考えてなくてもいつも仏頂面のアゼル。
そんな俺達が珍しく無邪気な満面の笑みであははうふふしていたのが、ライゼンさんは衝撃すぎたらしい。
相互に絶叫した後、我に返ったライゼンさんに至極冷静なツッコミを貰ったからというのもある。
思い出すのは、血でも吐きそうな痛々しいライゼンさんの微笑み。
「貴方様が昨日仕事を前倒し、本日を午後休にしてまでやりたかったことは、壁に追い詰めた自分の番に飛びかかることなんですか?」
優しくそう尋ねられたアゼルの心情と言ったら……うん。
ツライ。
ツラすぎる。
普段もアゼルは背中に張り付いているが、好きな人に抱きつく、それは真面目な彼も気持ちがわかるそうだ。
好きだからそばにいたいし触りたい。
なるほどと。
だがしかし、壁に追い詰めて見たこともないような笑顔で飛びかかる気持ちは、ちっともわからない。
『魔王様。私は魔王様が表情豊かになり、信頼できる部下には気遣いや遠慮をせず、わがままを言うようになられたことは、全面的に喜んでおりますよ?』
『……う、ぅぃ……』
『ですがそれと同時に、貴方様のコレを知らず揺るぎない強さを求める民衆には、ポンコツバレしてはいけません。だからこそハートフルで愉快な魔王様だと侮られてしまわないよう、最低限それらしく振舞ってくださいと、お願い申し上げていると思うのです』
『ぐるる……』
『できる限り貴方様を理解したい。なので、きっと満面の笑みを浮かべていらした先ほどの行為も、貴方様にとってとても楽しい大事な行為なのかもしれませんが……なぜです、わかりません……』
『…………』
『なぜ……なぜ両手足で壁にしがみつき、シャルさんを壁と自分で挟むのか……半休を使って、魔王様ともあろうお方が……』
真剣に考えてくれたが故にショートしてしまったのか、私には魔王様がわかりません、と悩ましげにライゼンさんは告げる。
そのおかげで普段抱き合うようなものじゃなく、いかに意味のわからない謎のイチャつきをしていたかが、痛いくらい知らしめられた。
だめだ。
双方メンタルにダメージが大きすぎた。
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