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第23話

 ♢  トルン・ツカーツィ。  男。魔族。ワイト。  ワイトというのはアンデット系の魔物だ。  生き物の生気を吸い取る。  悪さをすることが多い魔物でもある。トルンはそれの魔族ということだ。  背丈は百七十センチより少し小さいかというくらいで、十代に見える小柄な少年。  黒ローブですっぽり隠れていた以外は、至って普通の魔族だった。  今はフードだけを外している。  強いて普通より目を引くものを言うなら、クルクルと天然なのかカールしたグレーの癖っ毛と、タレ目の下の隈が特徴的だな。  魔導具研究所の所員らしいが、ユリスは全く覚えていなかった。  同僚なのに冷たい。実にユリスらしい。  しょげかえるトルンの額には、大きなたんこぶができている。  言わずもがな、ユリスのせいだ。  聞き耳をたてていたら俺達が出てきそうだったから離れようとしたのに、突然扉に攻撃されたと言う。  そんなこじんまりとして垢抜けない、不憫なトルン。  彼は現在。  とんぼ返りしたユリスの研究室内で自分を見下ろす愉快な御一行の前で、気の毒な程震えながら縮こまり、正座していた。  萎縮の原因は大体魔王様のせいだろうな。上司も上司、最高権力者だ。  まぁ、そのアゼルは足と腕を組む俺の尻の下で、凛と四つん這いになっているが。  なに、理由は簡単だぞ。  呪いの大元だろうトルンを確保して床に転がした途端、意気揚々と「コイツがシャル呪ったんだよな、じゃあ微塵切りにするか」と血鎌四本生やし始めたからな?  ハッ倒して椅子にしたんだ。  まったく、これだから法律無用の戦闘民族は。  親愛度が低いと今後邪魔だと判断した瞬間、バッサリ逝かせるのはやめろ。  いちいち死屍累々じゃないか。 「それで? お前はどうして俺を呪ったんだ。というか俺はどのあたりが呪われているんだ? 人を勝手に呪うなら、分かりやすく体中の穴から血液吹き出すくらいのをかけろ! ふざけているのか?」 「現在進行系で呪い効いてるから黙ってろ。んでテメェ、この通り面倒くせぇことになってっから早く経緯を全部吐け」 「ひっ、は、はいぃ……!」  ふんぞり返る俺の前にヤンキー座りするリューオが地顔で凶悪フェイスなままポン、と肩に手を当てると、トルンは大きく震える。  返事をしたはいいものの、リューオの顔が恐ろしいから、語るのを躊躇しているじゃないか。ヤンキー勇者め。 「……チッ」 「あへぇ」  だが俺の椅子と化しているアゼルが舌打ちをすると、即座に潰れた声を出し、なぜ俺を呪ったかを語り始めてくれた。  王様は怖いな。  絶対君主制の反逆不可能の国だからな。 「その……い、いや……魔王様のお触れに逆らったり、傷つけたりするつもりはなくて……」  オロオロと震えながら、トルンは肩を丸める。  けれど意を決して、俺をじっと見つめた。  なんだ、シリアスタイムか?  よし。それ相応の心づもりをしよう。 「僕ちょっと、ラブラブな恋人同士を見ると、なんかこう燃え上がって、無性にイライラするんですけど……。後イケメンがちょっと、面の皮を剥ぎ取りたいというか……?」  おい。いうか? じゃない。  シリアスタイムに入るのかと思って、真面目な顔をしたじゃないか。  キリッとした表情を作った俺は、眉間にシワを寄せてジト目を作り直した。  対してリューオは深く頷き、「なーる」と親指を立てる。納得するな。 「アァ、ソレわかるわ。呪うわ」 「! わかってくれますか……!? そ、それで魔王様とこの人間は、いつでも仲がいいでしょう!? 異常に仲がいいでしょう!? 表情とか言葉とかじゃなくてなんかもう、オーラがピンクじゃないですかッ!」 「わかるわ〜。スゲェ腹立つよな、爆発させたくなるよな。わかりみが深いわ~」  涙目で語るトルンとウンウン頷くリューオが、なにやら分かりあっている。  俺には爪の先っちょも理解できない。  仲がいい生き物を見ていると、朗らかな気持ちにしかならないだろうに……。  それでこんな馬鹿をするなら、まとめて甘やかしてやろうか? ん?  話を聞いているアゼルも俺と同じく、微塵も理解できないようだ。  俺とアゼルは相思相愛。  相互溺愛のラブラブな新婚さんだからな。  そして周りがヒクほど愛が一直線で重く、他の人に興味がないからな。  アゼルは魔眼を発動させそうなほど睨みつつ「愛し合ってんだから桃色オーラは当たり前だろ。お前らも恋人作ってオーラだせばいいじゃねぇか。頭大丈夫か?」と唸った。  簡単なことなのになにを言ってやがる、と憤慨するアゼルは、それができないからイライラするんだとリューオに睨み返されてる。  全力で同意のトルンだが、魔王は睨めなかったみたいだ。ヘタレめ。  そんな独り身と既婚者の睨み合い。  俺は大分胡乱げな目で、彼らを見下ろしている。  そら見たことか。  雲行きがくだらない動機に向かっている気配を感じた。

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