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第56話

そんな手も足も自分の意思で出せない俺の言葉に俺と同じく拒絶反応を示したのは、当然立ちはだかられるアゼルだった。 「な……っシャル!?お、俺にお前と戦えって言うのかよ……ッ!」 驚愕と、それからすぐに泣きそうになってぎゅうっと眉間にシワを作る。 当たり前だ、仮に本気で戦ったとすればアゼルは俺を殺せるのだ。嫌に決まってる。うっかりでだって傷つけたくないのは同じなんだ。 心と言葉が一致しない状況に混乱する俺を知らずに、リシャールは切っ先すら向けられないアゼルにうっそりと微笑んで見せた。 『私は別に構わないぞ。私が消滅するか、シャルの愛子が魔力を切らすか、試してみようか?』 「あ?もとよりそのつもりだ、お前はこの手で消す、今すぐ」 「駄目だ」 「っシャル……っ!」 何故だ、とアゼルの黒い瞳が揺れているのがわかった。 わかっているのに、俺はなぜかリシャールを庇っている。 訳がわからない。 『しかし、今日は訪ねるには夜遅かったね。シャルの言う通り、日を改めるとする。それでは、仲睦まじいお二人よ』 始まりと同じく終わりも突然。 困惑する俺達を置いて申し訳なさそうに頭を下げたリシャールが、瞬きする間に霧散していった。 引き止め、声をかける暇も余裕もない。 見慣れた室内は、打って変わって静まり返る。二人の間に疑惑を残して、酷く冷え冷えとした沈黙が訪れた。 なんだったんだ、今のは……。 アゼルよりリシャールを庇うなんてありえないのに、俺は思った事と真逆の事しか言えなくなってしまったのだろうか。 もしかしてまた、呪われてしまったのかもしれない。 焦燥する思考の中ふと手元を見て手が震えている事に気がついて、ピクリとも動かなかった体が思う様動かせるとわかった。 ハッとした俺はすぐに振り向き、アゼルの体をキツく抱きしめる。 「あ、アゼル、俺は……!」 「……シャル、なんでアイツ、庇ったんだ?」 自分の体に抱きつく俺を、アゼルはすぐにキツく抱きしめてくれた。 だが尋ねる声には悲しげな色がある。 当然、すぐに自分の身に起こった怪奇を説明しようとした。 アゼルの悲しみが消えるように必死に背中に回した腕を強める。一秒だって惜しい位だ。 「リ、シャールは、俺を、愛する人、だから……」 ──なのに、言葉はまるごとすげ替えられて、腕の中のアゼルの体を衝撃で固めるだけだった。 どうして、俺は、こんなこと言おうとしていないのに…っ! 「俺()?それじゃあ……お前()、愛する人は……?」 声も体も僅かに震えているのが伝わる。ああ、見えないものに臆病なお前が唯一と決めた俺がわからなければ、どうしたって不安になるに決まっている。 俺がそうであるように、俺達はお互いどちらがかけても生きていけない。 生きていけるだろうが、世界の色はなくなってしまう。色を知ってしまったから、色なしの世界じゃあダメなのに。 たまらなく胸が痛くて、俺はアゼルの左手を掴みそこに嵌るプラチナの指輪を恭しく額に抱いた。 「お前だけだ。俺の愛する人は、アゼリディアス・ナイルゴウン。お前ただ一人だけだ。愛してる、アゼル」 瞬きすら惜しんだ真剣な言葉に、慎重に言葉を紡いで尋ねてきたアゼルはようやく安堵の息を吐き、迷い子のまま消えかけていた表情を緩めた。 「俺も……お前だけだぜ」 嬉しそうに笑うアゼルに、俺も同じく笑みを返す。 そうだ、これだけは不変の気持ちだ。 俺のこの気持ちを縛られることなんて耐えられない。 ほっと息を吐く。 つかの間の騒動を拭うように、優しく抱き合って触れるだけのキスをした。

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