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第55話
リューオとじゃれ合っている時の殺すとは訳が違うことぐらい俺にもわかった。
生殺与奪にあまり疑問を覚えない魔族の王様なのだ。そうしようと決めたらそうする。
無断侵入は俺としては慣れたものなんだが……相手は選んでいただきたいものだ。
俺はうぅん、と首を撚って、リシャールを見つめた。
「声だけだったお前がどうして霊体になったんだ?そして人の部屋に夜遅くに勝手に居座ってはいけない。とりあえずまた明日おいで」
「コイツに明日も明後日もこねぇよ?」
「アゼルアゼル、おち、落ち着いてくれ、その鎌をしまうんだ」
物騒なことを言う魔王を見上げると、リシャールを見つめるアゼルは真顔だった。
こ、これは無表情一歩手前並の真顔だ。
相当怒っている。なんせ俺達の寝床に未だに霊体が寝そべっているのだからな。
俺はとりあえず焦ってアゼルの戦闘態勢を解くようにお願いすると、渋々しまってくれた。
が。やはり真顔だ。
不機嫌に殺気を飛ばされても呑気に半透明なリシャールは、ふわりと浮かび上がって俺達の前にストンと立ち止まった。
『シャル、君が許しを与えたから私は絵から魂を現世に持ってくることができたんだ』
「許し…?」
『愛しの姫よ…君は私のもの、ッ』シュッ
キョトンとする俺に手を伸ばそうとしたリシャールの言葉は、しまったはずの赤い鎌が一瞬で彼を幾重も切り裂いた事で途切れてしまった。
「っな、」
「触るな、俺のモノだ」
驚いた途端背後から聞こえたのは、耳馴染んだ愛しい声の、とびきり冷たい音。
切り裂かれた霊体が、煙をかき消すように消えてしまう。
だが消えた霊体は少し離れた場所で、散り散りになったモヤを集めてまた形をなした。
それを認識した途端、動揺もなにも感じないまま再度魔王の凶刃が襲いかかる。
「──やめろッ!」
どこからか、静止の声が聞こえた。
それによって、再形成されたリシャールを襲いかかる凶器がピタリと動きを止める。
止めてしまう声だったからだ。
「シャル?」
「は…?」
声の主は……俺だった。
いや、俺はそんなこと口にしようとした覚えはない。覚えはないのに口が勝手にリシャールを庇ったんだ。わけがわからない。
サッと口元を押さえる。アゼルがポカンと俺を見つめて困惑しているのがわかった。
だが俺の口はスラスラと意識の外から勝手に言葉を紡ぎだす。
「リシャールを攻撃しないで欲しい。もし攻撃するなら、俺が相手になろう」
冗談ではない真剣な表情で、俺は思ってもない言葉をアゼルに訴える。
俺が本気で相手になったって勝てないのがアゼルだ。それになにより、戦いたくない。俺はアゼルに切りかかることはもうできない。
焦ってもう一度口を塞ごうとするが、手が動かない。身体が、思うように動かない。
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