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第59話(sideアゼル)

眠気にやられたのか、珍しく自分の仄暗い過去を語ったシャル。 弱々しく告げられる話は、自嘲を含んだ懺悔。 卑屈ではない。前向きで努力家。なのにどうしようもなく自己肯定感がない。 その訳は、強制される人殺しとそれに不向きな魂の相反。 いっそ聖人君子だったらよかったのに。ならば、一人殺す前に自決したはずだ。 だけどそれほどの、無条件に全てを慈しむ無垢で純粋な男じゃないから。 ただ……人より少しだけ優しくて、人より少しだけ、真っ直ぐだった。 歪んだ枠にはまらなければ切り捨てられる。それを恐れて剣を奮う、誰かに必要とされたいだけの普通の人間だ。ちゃんとシャルと言う人間を見ていればわかる。 いつだって消費されるのは、ほんの少しだけ優しい人だ。 「臆病な俺にとっては、わかっていてはっきり選ぶお前の方が綺麗過ぎて、少し眩しい」 その言葉が出るという事は、シャルを美化していると思ったんだろう。惚れた欲目と、過去を知らないままでどこまでも愛していると。だから態々突きつけてきた。 夢見がちな乙女を相手取るように自分の穢れを曝して、フザケた事を言い出したシャルに、俺の胸中にはドロドロと赤黒く腐った血液のようなえぐみが溢れだす。 見くびるなよ、人間。 俺は、シャルを人間が勝手に崇めるような神だと、穢れる事は決してない偶像だと思ってなんかいない。 寧ろ、不可侵の聖域のような、キレイな言葉しか話せない神聖物なんてまっぴらだ。そんな物になろうなんて言うなら、俺はお前を滅茶苦茶に穢して喉が枯れる程泣かせてやりたい。 わかるだろ?俺は敬虔な信徒じゃない。 だって、もしシャルが神なら、とんだ罰当たり。 俺は神様を俺だけの宝物にして誰にも盗られないよう隠し、自分の欲望に染め上げたいと思う邪な存在だ。誰が祈ろうが、絶対に渡してやれないのだから。 そんな俺が〝綺麗で眩しい〟なら……それはお前が綺麗で眩しいからだ。 「不安になるなら……少しぐらい俺を、心から追い出した方がいい」 冗談めかして言われた言葉は、俺の凶暴な感情をとめどなく溢れさせる。 不安?お前が他の奴を庇ったから? そんな可愛いものだと思っているのか。鈍いのも抜けているのもお前の美徳だけどな、ダメだぜ。 俺が不安なのは、お前が他の奴を好きだと言うなら、きっと鎖をつけて牢に閉じ込めてしまうだろうからだ。そうするとお前に、嫌われるからだ。 嫌われても、もう離してやれないからだ。 笑えないだろ? 美化しているのはどっちだ。 俺が何者なのかわかっているくせに、その透き通った瞳は俺の薄皮一枚先の獣が見えてない。見せないようにしているのは自分なのに傲慢な俺。 できやしない事を言う大切な宝物を抱きしめる腕の力を、静かに強くした。 それから優しく頭を撫でて、髪にキスをする。 思考する。嫌な気分だ。 何故シャルがあの霊体を庇うのか。好かれた者だから情が湧くのはわかるが、俺と打ち合ってまで守りたい存在なのか。それだけの存在とは。 ドロドロドロドロ。 ほらな?こんなに汚い。 ハッ、こんな汚い独占欲を持つ俺のどこが綺麗なんだ。こんなのは絶対にバレてはいけない、ドス黒い中身。知られてしまえばお前は自由に動けなくなる。 俺の気持ちはお前の荷物になるだろ。 お前が好きで好きで、本当に好きで、もうどうしてもお前を手放さないといけないその時は、   って考えている俺は、お前の荷物だろ。 「お前を追い出せなんて、冗談でも聞きたかねぇ。──なぁ、コレじゃ足りないって、言えよ……もっと愛してくれと、言えよ……」 「うん……?うん……ごめんな……。そうだ、ホントは薄めてなんて欲しくない……愛して……」 眠気を誘うようゆっくりと撫でてあやしていたからか、シャルはそこまでを告げて、穏やかに寝息をたて始めた。 安心しきった寝顔を眺め手を頬へ滑らせると、閉じた瞼から目元を縁取る睫毛が僅かに震える。 ──シャルを愛する人も、俺一人で十分だ。 絶対に他にやらない。 欠片もやらない。 どっちも俺の役目だ。 「シャル……あんま、馬鹿げたこと言うんじゃねぇよ」 追い出せなんて、冗談がすぎるぜ。 お前は、心ごと俺にしか染まれないと言ったんだ。そして染まった心はそっくりそのまま俺に差し出した。 俺も、お前にしか染まれない心をお前に差し出した。じゃあ俺の心は、お前そのモノだろ? お前が俺の心なのに、どうやってお前を消せって言うんだ。 アイツがお前を愛する人だから、拒めないなら……丸ごと消してやる。 愛情ごと全部消してやる。 今はお前を抱いて眠ろう。 明日には終わるから、今はただおやすみ。

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