60 / 615
第60話
♢
窓から差し込む朝日が未だに白んでいる早朝。
意識が覚醒しても体には抜け切らない倦怠感があったのに、俺は早くも目が覚めてしまった。
微睡みを求めて閉じたがる瞼を瞬かせ、纏わり付く眠気を振り払う。
ぼんやりとした視界の中にあどけない寝顔を見つけて、頬が緩んだ。俺の体を抱きしめる腕も健在で、いつも思うが腕が痺れないのだろうか。
暫しその寝顔を眺めてから、昨日の出来事を思い出す。
──何故か体が言うことを聞かないあの現象。
思う通りに行かなかった時は、思ってもない事を言っている時だった。
心以外、表情も話し方も身の振る舞いも全て俺そのもののやり方で、全く違う行動をする。
「……体が勝手に動いてしまう 」
時間制なのか確認の為にあの現象の真実を呟くと、都合のいい言葉に変換された。時間は関係ないようだ。どういう言葉がそれにひっかかるのか。
流石に考えなくてもわかる。
〝リシャールに関わっておかしくなった〟と言う真実に関係する事だろう。
「北館階段の踊り場の絵画が 、リシャールの本体だろう 」
すり替わる言葉はどうしようもない。兎に角今日はあそこに行こう。
アゼルはあの絵を見た事はないので伝えられないと辛いが、一人で行けばいい。こうなったら仕方がないからな。
階段にもう一度行けばリシャールに話を聞けるかもしれない。
この現象をよく知らなければ。
リシャールにもわからなければ、呪われているのかユリスに調べて貰う。
呪いであれば術者がいて、術者に解かせるか、面倒だが教会の聖職者に解除して貰うしかない。
一月ほど前にトルンが俺にかけたような、少し性質を変えたりするモノじゃない。あれは俺が元々思っていた悪口を言ったりするものだった。
だがこれは俺の全く思っていないことを言わせている上に、体まで思うとおりに動かない。
呪いであれば、かけられるものが限られるような高難易度の呪いだ。
もしこの先一生こうなら……俺は誰にも真実を話せないまま、いつ心まで縛られるのかに怯えて生きる事になる。
そんな生活はまっぴらだ。
「俺はリシャールの事を 、なんとも思っていないのに 」
困りきった小さな呟きは、やはりまるきり変えられてしまった。頭を抱えたくなる。
ままならない現状に俯きかけた心は、呼吸の度に上下するアゼルの胸に額を押し当てて、英気を養って復活させた。
充電しよう、今日は忙しい。
なんせアゼルより早くなんとかしないと。
アゼルなら数日あれば自力で絵画が原因だと突き止めそうだ。
そうなるとあの様子ではまた、俺の存在を住民と決闘を繰り返し認めさせた時のように、駆けずり回ってでも絵画ごとリシャールを消しかねない。
なんせ俺がおかしくなっている説明ができないのだから、アゼルからしたら突然現れた侵入者と自分の愛する人が庇い合うような親密な関係に見えた筈だ。誰だって面白くない。
ともだちにシェアしよう!