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第68話(sideアゼル)
「そうかよ」
悪感情で上の空だったからか思ったより冷たい声が出て、握られた手の力が強くなって苦しくなった。傷つけたかもしれない。
違うのに。
俺はお前に冷たくしたいわけじゃない。
本当はまた結界で閉じ込めたりしたくない。
だけどどうしようもなく抑えられない汚い感情が挙動に滲んでしまう。まるでうまく他人と接する事が出来なかったあの頃みたいだ。
どうして、なんで。
不毛な質問が、口の中で空回る。
「アゼル…」
思考回路を黒く染めていく俺の名を呼んだのは、酷く弱々しい声だった。
ハッとして、俺の態度が傷つけてしまったのかと思い、照れ臭いだとか思う余裕なくなるべく優しく抱きしめる。
けれど力を込め過ぎてしまう気がして、すぐに離れて威圧しないよう、気をつけて声を出した。
「眠いか?戻ったら、いくらでも部屋でゆっくりしてろ」
「アゼル、キスしてくれないか」
その言葉に──ビクッ、と、繋いでいない手が震えた。
懇願するようなシャルの真っ直ぐな視線が、痛くて仕方がない。
突然こういう頼みをシャルはたまにする。
抱きしめて欲しい、頭を撫でて欲しい、そう思ったら素直に告げてくる。
本人が素直だからというのもあるが、俺が言われないとわからないと知ってるからだ。
コレもそれの一端だろう。
でも……キスは、今はしたくない。
脳裏に蘇る度に殺意が湧く。
ボコボコと煮えたぎる独占欲と支配欲。
アイツの痕跡を消し去る為に俺は怒りで乱暴に触れてしまう。
シャルを傷つけないでいる事に必死だ。
余裕なんかない。
あんなに綺麗な恋の気持ちが、嫉妬と不安が合わさると、どこまでもドス黒くこびりついて逃れられなくなるなんて。
自分のそんな気持ちを見ないようにして、黙り込み、また歩き出す。
「……悪ィ、気分じゃねぇ」
自分じゃないみたいにか細く弱々しい声だった。それ程お前の頼みを否定するのは、辛い。苦しい。
だけど、曇のないお前への気持ちに、ほんの少しの異物が落ちた。
波紋の様に薄く薄く広がるシミ。
アイツを、好かれているからと庇い消されないよう絵画を隠すのに、俺を愛しているという。
アイツにキスした唇で、俺にキスを強請る。
矛盾してる。
心から追い出せと言ったのは、俺から離れるつもりだからか?
俺に嘘をついたのは、もう愛していないからか?
ギシ、ギシ、ドロ、ドロ。
痛い。考えたくない。泣きたい。殺したい。消し去りたい。離したくない。痛い、痛い、痛い。
強い言葉で憎んで怒って、慈悲の欠片もなく本気で消し去ろうとしたくなる。
叶わないなら、シャルを閉じ込めて縛って二人だけの世界を作ろうと思っている。
強気に、凶暴に、ごちゃごちゃと御託を並べているように見えるだろう。
馬鹿らしい。
他の誰の言葉もどうでもいいのに、お前の言葉は全部俺の奥に届いてしまう。
虚勢の中の、本当の言葉。
──とらないで。
──俺からコイツを、とらないで。
結局俺は、それだけを言い続けてるだけだ。
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