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第238話
ライゼンさんは俺に重ねて謝った。
「その、天族は聖法という、聖力を使った魔法のようなものを使います。魔族は聖力が少しもなく、聖法が使えないので、聖導具を詳しく解析するには少し時間がかかります……」
「あぁ、大丈夫。焦ることはない、二人に怪我がなくてよかった」
「シャルさん……、あなたは弱い生き物ではない、とても強い、魔王様の宝物です」
「うん、……ありがとう、俺は大丈夫だ」
大丈夫だと言い切った俺に、ライゼンさんはそっと手を伸ばして俺の両手を取り、温めるようにキュッと握りながらそんなことを言う。
この人はアゼルの家族である俺をアゼルと同じように思ってくれているのだ。
あたたかい人。心配しなくとも、俺の方はいくらでもやりようはある。
こういうものは、物語の中ならば案外あっさりと戻ったりもするし、アゼルに負担のない範囲で、俺はなんだってやるつもりだ。
休みにすると言ったライゼンさんは俺の手を離し立ち上がって、やることがたくさんあると扉に向かった。
そして部屋を出る前に振り返り、俺達が手を取り合った時も、なんの反応もしなかったアゼルに向かって苦しそうに告げる。
「魔王様、魔王様がなくした十八年、いや、十一年前の出来事から、シャルさんと出会ったこの一年間は、貴方様になくてはならないかけがえのない記憶なんです。だから諦めないで、捨てないでください」
「大丈夫です。私は貴方様を心底敬愛しています。仕事を休んでも、責めたりしません。居場所を失うことに、怯えることはないのです」
「…………今の貴方様が七年後に人間国へ逃げ出すまで、壊れそうだと気が付かなかった愚かな宰相の言葉を、どうか信じてほしい」
パタン、と扉が閉まった。
部屋を出ていったライゼンさんの言葉に、アゼルは僅かに目を見開き、息を呑んだ。
閉まった扉を見つめて、平気なフリがうまい自分の顔を呆然となでる。
俺はそんなアゼルを見つめて、胸の奥が切なくなり、そして、抱きしめたいと思った。
──アゼルが本当は、怯えていること。
怒ること。悲しむこと。寂しいこと。誰かに助けてほしいこと。ずっとずっと、悩んでいること。
それはこの頃誰も知らなかったことだ。
痛い、苦しい、辛い、誰か。
そんなことは言えなかった。頼るということを知らなかった。弱みを見せてはいけなかった。強い自分を演じた。
不器用で我慢強い。
誰よりも強がりが上手い彼がそうなったのは、誰も言ってくれなかったからだ。
〝たった一人で、よく頑張ったね。
もう、頑張らなくてもいいんだよ〟
〝辛いことを我慢しなくてもいい。
そのままの、ただの貴方でいいんだ〟
たったそれだけでよかったのに。
誰も言ってくれなかったのだ。言ってほしいとも……言えなかったのだ。
だからそれを知っているようなライゼンさんの去り際の言葉に、アゼルは動揺を隠せない様子で呆然と閉まった扉を見つめていた。
「大丈夫だよ」
「っ」
「ここはあるがままのお前を受け入れ、共に笑ってくれる人がたくさんいる時間なんだ」
そうだ。
笑顔の集め方を教わったアゼルが勇気を振り絞って、何度も失敗して、それでも時間をかけて集めた、お前のことが大好きな人がいる今という時間。
二人きりの静まり返った空気を振り切るように、柔らかな声音で言いながら微笑みかける。
アゼルは見開いていた目をゆっくりと瞬かせ、どう返事を返せばいいのかわからないように、小さく唇を開閉した。
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