♢ 　ついユリスと話し込んでいて、俺が帰る頃にはすっかり外が夕焼けに染まっていた。 　今回新しく教えてくれたのは、聖導具が神遺物──天界創界期の神の遺物だと思われること。 　それから本体は別にあること。 　そして本来これは、百年分の記憶を奪うように作られていたことだ。 　あの道具は子機のようなもので、溜めた記憶は時間が経って消えた靄だろうということらしい。 　つまり本体へ転送されたわけだ。 　消えたのではなかった。 　今回最も嬉しい情報はこれだろう。 　俺は行きの重たい足取りが心持ち軽く感じて、なんとかなる気持ちがチャージできた。本当に嬉しい。 　本来百年の記憶を奪うはずだった子機が十八年しか奪えなかったのは、アゼルの抵抗が原因だそうだ。 　アゼルはあの日、背中で贈り物が爆発し子機が作動した時、わけが分からなくとも自分への干渉を察したということである。 　未知の攻撃に抗うべく、自分自身を魔力に浸して暴れていたと、ライゼンさんが言っていた。 　その膨大かつ高濃度の魔力によって、神遺物の干渉が阻まれ、子機が途中で外れてしまったのだ。 　だから、中途半端な記憶しか奪えなかった。 　アゼルなら百年奪われても死なないし、身体も十分今くらいだと思う。 　むしろ魔王城に来てからの様々なトラウマがない分、はじめからみんなでサポートすれば、野性の赴くままのワイルド魔王になっていたはずだ。 　俺が百年奪われたなら、年齢を超えているので赤子のように腑抜けていただろう。 　腑抜けた俺なら攫いやすいので、やはりそっちが狙いだったのだろうか。 　天族の狙いはわからないままだ。 　兎に角あの子機は百年固定でしか記憶を奪えない代物で、アゼルはゴリ押しで引き剥がしたということである。 「ふふ……アゼルらしいな。苦しい中、ずいぶん頑張った。流石俺の旦那さんだ」 　アゼルの抵抗と記憶の未消失を知って、少し安寧を得ている心で笑い、部屋までの道を行く。 　天界の親機で消されていれば、という可能性はこの際無視しよう。なにごとも前向きだ。 　そうして自室が見える距離になると、中から見知った銀の竜が出てくるのが見えた。 　俺は気分がイイのも相まって、気持ち早足で彼に歩み寄る。 「ガド、魔王様に会いに来たのか？」 「！　シャァルゥ〜っ！」 「うおっ」 　ガドは俺に気がつくと、すぐに身体ごと抱き上げて強く抱きしめてきた。 　相変わらずちょっと痛い。 　これがガドの愛情表現だからな。 　しばらく存分にむぎゅむぎゅと抱きしめられて、俺はそっと降ろされて開放される。 　いつもより多めに抱きしめられた。 　アゼルが記憶を失ってから、ガドに会うのは初めてだ。だからかもしれない。 　ガドは空軍長官なので、初日からすぐに警備部隊の編成やら指示やらと、忙しく働いていた。 　余裕のある朝は俺のいない間にアゼルには会いに来ていて、なにかと気遣ってくれていたようだ。 　彼が会いに来た日のアゼルは夜も浮かれていたので、わかりやすい。 　部下でありながら肩を組んだり小突いてきたりするのは、ガドだけだからだろう。 　アゼルにとってガドはもともと纏わりついていた弟のような竜人なので、それほど距離を詰めたように思わない。 　更に軽率に接してくるだけであまり変わらず、安心するのだ。ガドはいつも安心安全サポートセンターである。