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第254話

 ガドは俺を解放してから、俺の両頬を手で挟んでグイグイとあちこちにむけて観察してくる。  たまに突然ふれてくるので、特に変なことではない。いつものガドだ。  変わりないなら構わないかと好きにさせておけば、体中をベシベシさわさわと触れ回され、流石に擽ったかった。 「ん、ガド……今日は触れられるより、触れたい日だったのか。疲れているのか?」 「シャルゥ、お前、死ぬのか?」 「いや死なないぞ」  なんて物騒なことを言い出すんだ、このマイペースさんは。  いつも飄々とした彼にひたすら構い倒した後、心なしがしょんぼりとそんなことを言われ、俺は即座に否定した。 「顔が悪いだろォ? 後肉が薄くなってる。俺の手は誤魔化せねぇぜ、なんせお前をいつも振り回してるからなァ〜」 「俺が不細工だという話なら、魔族が美しいんだと言っているじゃないか」 「いんや、シャルは可愛いぜ?」 「……ありがとう」  ううん? よくわからない。  ガドワールドが炸裂していて、俺はとりあえずお礼を言うことしかできなかった。  ガドは俺の頭をグリグリともう一度なでくりまわし、ひょいと俺を抱き上げてから、部屋の扉からずれたところに下ろす。  この棟のこの階層には俺達の部屋しかない。  なので廊下を通る魔族もいない。 「シャル、お前俺と会ってない間に陽気なお調子者になったのか?」 「? いや、普通だぞ。ほら」 「普通か? 普通かァー……後なんで魔王のこと魔王様って呼んでんだ?」 「それは、今の魔王様は親しくない俺に名前を呼ばれるのは、違和感があるようで……名前じゃなくて、本来すべき呼び方をしているんだ」 「……フゥン?」  話していくうち、ガドの尻尾がビタンッと廊下のカーペットを叩く。  これは不機嫌な時の動き。  尻尾の雄弁さを覚えている俺は、まずいことを言ったのかと思って、焦った。  あまり他のみんなは気づいていないかもしれないけれど、ガドはアゼルの次に、俺に対して過保護なのだ。  アゼルが俺を愛していない今、最も過保護だと言っても過言ではない。  迂闊に弱るとなにをするかわからないのが、この血の繋がらない兄弟なのである。  心配するというのは苦しいことだ。  ハラハラドキドキ、休まらない気持ちはよくない。  まったく気にしていないほんの些細なことを、俺が悲しんでいるなんて勘違いさせてはガドが胸を痛めるだけで、俺は焦る。 「呼び名なんて問題のうちに入らない、大丈夫だ。ありがとう、ガド。今魔王様に会ったのだから、わかるだろう? あの人は元々優しいし、少しずつ心も開きはじめている。人間だからと、酷いこともなにもされていない」 「ムゥ、わかってるよォ〜……魔王はなんにも悪くねぇ、被害者だぜ。辛くないならイイ。まァ、お前は誰よりも理不尽に前向きだかンなー……どーせちっともへこたれちゃァいないんだろゥ?」 「もちろんだ。名前くらいで悲しんだりしない。それに俺は頑丈なんだと言っているじゃないか」 「ククク、柔らかいじゃねぇか」 「胸筋を揉むのはやめるんだ」  俺が意気込み頷くと、ガドは勘繰るのをやめて、いつもどおりのマイペースな顔つきになった。よかった。  ライゼンさん、ユリス、リューオ、ゼオ、ガド。  それから配達の受け取りのたびに、ニコニコと集団でまとわりついて温めようとしてくれる、マルオたち。  みんな大切で、みんな温かい。  俺が笑って〝大丈夫だ、ありがとう〟と言うと、みんな笑顔を返してくれる。  そこにアゼルがいた日常を思い出すと、あぁ早く記憶が戻ればいいなと思い、しっかりしようと思うのだ。  だから頑張ろう。  話しながら、俺は密かに改めて意気込んだ。  それからガドは俺の胸筋をしばらく揉んだ後、今から夜まで見回りなのだと手を振って、去っていった。  去り際に、首を傾げてそう言えばと告げられる。 「魔王、なんか微妙に機嫌悪くしちまったっぽい。理由もわからないし、軌道修正出来なかったから、今日はあんま絡まねえほうがいいぜェ〜」  窓から飛び出していく銀の竜の言葉に、俺はどうしたものかと少しだけ悩んでから、部屋に入った。

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