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第260話
アゼルは俺が笑うたびに、たまらないように苛立つ。
それに困って俺は眉が垂れる。俺の笑顔は嫌いみたいだ。
「うん……俺に気を使ってこうしてくれてているなら、大丈夫だから気にしなくていい。貴方は……俺を好きになってくれたわけじゃ、ないんだろう?」
「好、き、……誰が、お前なんか……、っわけわかんねぇんだよ、お前。気持ち悪いッ、本当に意味がわからねえ……ッ! 俺はお前を好きになんかならないッ! お前なんか嫌いだ、大嫌いだッ!」
「……あはは、それは困ったな」
俺の胸から手が離れて、胸元が寒くなった。
自分の顔を覆って、俺に馬乗りのまま震えるアゼル。
大丈夫。わかっている。
この嫌いは、いつもの言い合いの中のものじゃない。本当に、嫌い。
〝嫌い〟
あまり好きじゃないこの言葉を言われると、俺はいつも拗ねていた。
だけどもう拗ねても、きっとアゼルは謝ってなんてくれないだろうな。
それならもう、喧嘩なんてできない。仲直りのない喧嘩なんて、まっぴらだ。
「なら、嫌いな俺を抱いたって仕方がないだろう? それらしくなんて、しなくてもいい。……臆病な貴方は、気になってしまうんだろうが……、それなら別れてしまっても、いい」
「っお、俺は、本当のお前がわからねぇよ……ッ! こんなことする気はっ、俺は、お、俺を、ふ、不安にするお前が、怖い、いなくていい、お前がいると俺は……っ心を、乱すな……っ!」
「ん……」
「お前がいると、俺がどんどん剥がれていっちまう……俺が俺じゃなくなっちまう……」
俺の上で震えるアゼルに、俺は上体を起こしてそっと頭をなでた。
そうか。俺がなにか、疑られるようなことをしてしまっていたんだな。
本当の俺がわからなくて、俺が愛されなくてもお前を愛すると言うのが……普段の言葉が本当か、わからなくなったのか。
だから、ちゃんと役目を果たして繋いでおこうと思ったのか。
不安になったのなら言ってくれればいいと思っても、そううまくできる人ばかりじゃない。閉じ込めていたものを曝け出すのは、あまりに恐ろしいだろう。
顔を覆うアゼルになるべく優しく声をかけ、ベッドに横にならせる。
「大丈夫、大丈夫。俺は本当に貴方が好きだ。嘘なんかじゃない、本当だ。貴方が好きになってくれるまで待つ。好きにならないとと焦ることもしないでいい。大丈夫。無理に触れなくていい。記憶があってもなくても、貴方が貴方である限り変わらないんだよ」
黙ったまま横になるアゼルは、目元を覆って震えたまま微かに頷いた。俺はホッと息を吐く。
それからアゼルに深く上掛けを被せて、俺はベッドから降りる。
身をかがめて、もう一度アゼルの頭をなでた。
「今日は前の俺の部屋で眠るから、一人でゆっくり眠るといい。ちゃんと明日戻ってくる、大丈夫だからな。魔王様はありのままで、それでいいんだ。……おやすみ」
ニコリと笑顔でそう言って、踵を返して俺は部屋から出た。
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