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第270話

「……ボール」  ヒュンッ  ドスの利いた声で尋ねると、煙の中から白い光球が俺目掛けて正確に飛んできた。  見えてるのか?  スキル行使で気配を消せない。  試しに隠密スキルを使うがすぐに光球がいくつも追ってきて、壁伝いに部屋の外周を逃げる俺のすぐ後ろでドォンッドォンッと、建物が崩れない程度の衝撃音がする。  俺は逃げながらも、爆破の魔法陣をあまり広くない室内の至るところに貼り付けて回った。  支えになるところは避ける。  倒壊に巻き込まれたらひとたまりもない。  それに、アゼルに貰ったこの厨房がなくなってしまうのは、嫌だ。  ドゴンッ! ドゴンッ! 「っ、ふ、……クソ」  ガゴッ  走りながら合間に出入り口や逃げ出せそうなところを確認するが、ビクともしない。  ドアと窓は開かないか。  ……なら逃げ出したくなるまで、根比べと行こうじゃないか。  身体強化はもうすでにフル出力だ。  俺が走り出してからまだ十秒も経っていなかった。  止まる間もない追撃で動き続けるしかないが、攻撃の隙を伺うことは決して忘れない。  高速のやり取りの中壁を蹴り飛ばし、光球の発生源の真上に飛び上がって体をひねりながら剣を振り下ろす。  ギィンッ 「加重」 「チッ、小賢しい」  剣に貼り付けておいた重さを増す魔法陣を、受け止められる瞬間発動した。  リューオのように一撃に威力がない俺では、小細工をしなければ通用しない。  苛立ちながらもそれでも受け止める男は爆破の破片で傷がついたのか、頬にかすり傷があるくらいで、ピンピンしている。  これほど必死に力の限り攻撃しても、かすり傷程度しか通用しない圧倒的な力の差。勝ち目なんて一切ない。  ガゴンッ! 「グぁ……ッ」  力任せに振りぬかれたサーベルによって、俺はおもちゃのように壁に向かって弾き飛ばされた。 「ふん、羽虫が、ッ」  ボンッ! ボンッ! 「刺突、刺突、刺突ッ」  ガガガガガガッッ  背中を壁に強かに打ち付け、骨が酷く軋む。  だが俺はそれでも、男が俺に飛び掛って来るその道筋に仕掛けた罠を、順次爆破していく。  痛みをこらえて立ち上がりながら、壁に這わせた魔法陣から尖ったつらら状のトゲを発射させ、爆破を避ける男の着地点を狙う。  相手が狭い室内で翼が使えず、機動力に欠けるこのフィールドがチャンスだ。  ──未知の力である聖法を乱発される前にどうにか……ッ!  祈りと意地が武器。  何度弾き飛ばされて壁や床にぶつかろうとも、俺は罠と不意打ちで翻弄して怒りのままに立ち向かう。  あぁクソ、肋が折れた。  目に血が入って見にくい、それを拭う暇もない。  無駄な動きを取れば、その瞬間俺は負ける。  だけどまだだ。まだ俺は立てる。  このくらいじゃ許さない。  お前たちがどんな理由があってそうしたのかわからないが、そのせいでアイツはせっかく抜け出した疑心暗鬼の世界に、また引き戻されたんだ。  今のアゼルを見ていたらわかる。  アイツはずっとずっと、恐ろしいほどずっと虚勢だった。  そして何度も失敗して、全てを疑うくらいに怯えている。  恩人からの心を救う指針を貰っても、それを実行するのは、怖くて怖くて仕方がなかったはずなのだ。  怯え揶揄する視線を排除しても、もし誰も自分を見つめ返してくれなければ?  そんな人がいても、ありのままの自分を見て失望してしまったら?  それでも一人は嫌だ。  誰かに本当の自分を見てほしい。笑いかけて愛してほしい。そばにいてほしい。  そんな夢を見て踏み出したんだぞ。  ──その最初の一歩がアイツにとってはどれだけ勇気が必要だったか、知りもしないくせに。 「失せろッ!」  ゴッガギィンッ  ──華々しい夜会に呼び立てられて、大勢が笑い合う中、誰も自分には近付かない寂しさを、知りもしないくせに。 「もうなにも奪うなッ!」  ドゴォンッ!  ──どうしてもう一度、同じ苦しみを味わわせるようなことをするんだ。  なにが魔王は最強の存在だ。  強ければなにをしてもいいのか?  強いものは傷つかないのか?  強いものからは奪っていいのか?  ふざけるな。  ふざけるなよ。  強いから、身体は傷つかないから、弱い心が血を流していることに誰も気が付かなかったんじゃないか。  知らないものが恐ろしいのは当たり前だろう。  なのに一人でどうにかこなしてしまうから、間違った時に責められるんじゃないか。  天族も、魔族も、人間も、皆心は柔らかなんだ。  心が強い人なんていやしないんだよ。  強い人というのはな、挫けないわけじゃない。  心の弱さを隠すことが上手なだけの、寂しい強がり。

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