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第273話

 攻撃が収まっても土煙で周りが見えない。  だが近くに白い塊が、うずくまったままピクリとも動かないのが見えた。 「やった、か……ゲホッ、ゲホッ」  ビチャッ、と口から血反吐を吐いて身動ぐが、俺の身体も動かない。  生暖かいものが体の下に染み渡って行く感触がして、ゆっくりと震える瞼で瞬きをする。  それだけでもう、わかる。 「あぁ、そうか……終わり、か……」  まさか巻き添えを食らって、それが致命傷なんて、酷いな。  生まれながらに、俺はつくづく運がなくて受難体質なんだ。格好悪くて仕方がない。  背中に突き刺さったつららは、背骨とアバラの隙間から、内臓に達するほどに深い。  魔力は尽きた。もうポーションすら効かないし、動けないから使えない。  指先が冷たくなっていく。  血が抜けていく、慣れた感覚。急速すぎて目眩がしてきた。  だけど連れ去られて俺を助ける為にお前たちが傷つくより、ずっといいなと思った。  俺は……結構、頑張っただろう?  アゼルが記憶を忘れていて本当に助かった。  でなければまたアイツは壊れてしまう。  今ならそれはちょっと悲しむだろうが、時間とともに乗り越えられるだろう。ライゼンさんはアゼルを支えてくれるだろうから、アイツが一人になることはない。  そう願うことしかできないから、そう願おう。  俺の大事な気持ちも、ガドが代わりに覚えていてくれるから、俺の分もたくさん伝えてくれると思う。  アゼルの中に少しでも俺が遺れば、いいな。  ガドは約束を守る男だから、心配はしていないんだ。  ふふふ。人任せにするなんて信じらんない! と、ユリスは可愛らしく俺を叱るんだろうな。  そうしたらリューオがなだめてあげてくれ。  だけどリューオも同じタイプだから、俺と再戦する前に死んでんじゃねぇよ! と怒るんだろう。  うん……きっと大丈夫。  未来は大丈夫。  指先から冷たい感覚が広がっていくのを感じながら、俺は重たい瞼で瞬きを一つ。  なんだか、眠くなってきたぞ……だってもう、すっかり夜更けだ。  リシャールといい、ロボット男といい、天使は夜遅くに襲ってくるのが、趣味なのかもしれない。  もう一度、眠気眼を(しばた)かせる。  土煙が収まってくると、窓の外が見えて眩しいくらいの月が俺を眺めていた。  色の濃い明るい月と見つめ合う、二人っきりの世界。  空に一人輝く月は、まるでアイツみたいだ。  それに看取られるのも、悪くない。  笑おうとしても頬が動かないことと、もう一度瞬きをしようとして、できないことに気がついた。  だめだな。  血がなくなりすぎて、全身が冷たくなってきた。  意識が、曇る。  さよならの時間が迎えに来ているんだろう。  そうだな……指輪を返していて、よかった。  最後に祈ることは、格好付けていたい。心底からお前に捧げる、祈りの言葉だ。 〝俺を忘れて、お前が選んだ他の誰かを、ちゃんと愛して幸せに生きること〟  それがいい。  そうだろう?  あぁ、クソ、目が見えなくなってきた。月が、お前が霞んでしまう。まだ眠りたくないのに、身体が重いんだ。  アゼル、お前を置いて逝くというのは、こんなにも苦しいんだな。  寒い、怖い、ああ嫌だ。  俺だって、できることならもっともっと、お前と最期まで一緒にいたかったよ。 「ア……ゼル……」  鼓動が止まって、命が終わっても。  目を閉じずに窓の外を見ていたのは……やっぱり、お前に会いたかったからかもしれない。  今日は、とびきり綺麗な月だったから。  最後に交わした〝おやすみ〟が、さよならの言葉だなんて知らなかった。

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