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第282話(sideメンリヴァー)

〝嘆きの魔王は孤独を憂う  愛されたがりの孤高の王〟  魔王が代代わりした頃だ。  今代の魔王について調べた密偵から、そんな報告があった。  それは過去や素性がわからないかわりに、なんとも御しやすそうな情報。  なるほど。  ならば孤独の中で愛していると嘯いて、天使を初めてそう言ってくれた相手として、刷り込めばいいのだ。  今回の策は実に単純な仕組みで事足りた。  白羽の矢が立ったのは、天界の第一王子。  誘惑の天使、ソリュシャン・アン・メンリヴァー。  ひと目で目を奪われる美貌を持つ天使。  メンリヴァーは、喜んだ。  何度か会ったことのあるその魔王が、なぜか忘れられなかったからだ。  造形は当然歴代と同じく、力の強大さに釣り合う美しさだった。  話さず、笑わず、だがただ席についているだけで芸術品のような、人形じみた男だ。  怖くはなかった。  天族は魔力を感知できない。  組み上げられたものである魔法は効くが、魔力そのものの大きさや濃度、残り香もわからない。  ようは空気と同じだ。  風船は掴めるが、中身はそこにあるかどうかまで判断できないのだ。  だから、誰もが萎縮してしまう程強大な魔力を纏う魔王を前に、怯えることはなく相対することができた。  そうして直視すると──目を奪われる誘惑の天使が、目を奪われた。  見た目だけではない。  むしろ見た目なら、自分より美しいものなどこの世に存在していないと思っている。  それでも、惹かれた。  たくさんの部下に囲まれているのに、表情を変えず、光のない濃黒の瞳で、ただぼんやりとしている。  メンリヴァーは酷くつまらなそうなそれが、自分と同じ孤独を感じているような気がして、奇妙な愛着を感じた。  仲良くなりたかった。  そうして自分は、その機会を得た。  歓喜のままに笑みを浮かべて、やはり神は我らの味方なのだと、天に感謝したくらいだ。  孤独を哀しみながらも肩書きらしさを求められ言い出せない魔王と、誰にでも好かれる聖力を持つが為に真の意味では孤独な王子。  こんなに似ている僕ら。  ──ならば誰よりも、手を取り合うのに相応しい。  そんな思考を芽吹かせるメンリヴァーは、手始めに魔王の孤独を強める為、魅了にかかった手先を使い魔界で噂を流し始めた。 〝彼の魔王紋を見たことがあるやつがいないのは、本当は脆弱な偽物王だからだ〟 〝冷たい言葉を吐き目も合わせないのは、本当は自分以外の者をゴミのように見下しているからだ〟 〝ほらアレも、コレも、壊してみろ。彼はちっとも怒らない。臆病者の弱虫魔王〟 〝話しかけるな、疎まれるぞ。一人が好きなんだ、だって部屋から出てこないだろう? 仕事がしたいんだと、全部押し付けてしまえ〟 〝壊して、貶して、嘲笑っても。  涙一つ見せないガラクタ人形だ〟  無口で篭りがちな魔王だから、噂は独り歩きしてそれが真実になっていった。  実際どう思っていたのかはわからないが、魔王は誰にもその孤独や悪意の世界を打ち明けなかった。  おかげで本当に効いているのか計り兼ね、メンリヴァーは過剰に魔王の孤独を加速させてしまったが。  そうして何年もかけて下地を作ると、魔王はすっかり不安だらけの疑心暗鬼だ。  なにかすると悪く取られ、なにもしなくても悪く取られ、近づいてきた人はみんな口と本心が真逆。  そうなると幾人かの本当に魔王を慕っている家臣にすら、線引きをして内側には入れない。  彼は順調に、自分を諦めていく。  愉快な裏工作の間でも、それと気づかない魔王は、メンリヴァーに対していつも通りの様子でいた。  素知らぬ顔でメンリヴァーが、「以前城に送った天界からの贈り物はどうだ?」と尋ねても、黙りこくっているだけ。  当然だ。  贈り物は魔王に届く前に盗賊にやられたので、中身なんて彼が知るはずない。  そうしてわざと友好的な態度を見せてから、わかりやすく残念そうに悲しんで見せる。  落胆を滲ませ、「貴様の為に特別に設えた特注品だったのに、もしかして見ないで捨てたのか」と大袈裟に額に手を当てるのだ。

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