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第283話(sideメンリヴァー)

 普通に考えると、貰っていないのだからそう言えばいい。  いくら疑心暗鬼の世界へ追いやったとはいえ、魔王は最強の存在だ。強いはず。思う様文句を言えばいい。  なのになぜか、言い訳もしない魔王。  けれどメンリヴァーが悲しむと、魔王はピクリと指先を跳ねさせて目を伏せるのだ。  それがたまらない。 『尊き天界からの贈り物を捨てるとは……まぁいい、特別に許そう』  慈悲深い許しを与えて、孤独の中において自分は優しく見捨てないことを、印象づけていく。  噂を聞いても、魔王を嫌わない。  対等に話をする天使。  幾人かが変わらない敬愛を捧げていても、そんな輩はいないと刷り込む。  どん底で差し込む光は、それはそれは美しく救いの光に見えるように。  そしてある会合の時、メンリヴァーは計画通りに魔王を誘った。  目を合わせると効果に差はあれど、誘惑される。  誘惑の天使の聖法だ。  だからじっと見つめて声をかけた。  貴様は、寂しいのだろう?  どうだ? 僕とこないか?  僕なら貴様の悲しみを理解してやれる。寄り添ってやれる。誰よりも愛してやれるぞ。  よく見ろ。僕はこんなに綺麗だ。  誰もが羨む美しさを持つ。貴様の隣に相応しいじゃないか。  立場を考えても、わかるだろう?  対等に接することができるのは、僕ぐらいだ。  なぁ、魔王よ。  ──僕を選べよ。  勝算はあった。  勝算しかない。  これだけ熟成させて一人にしてやったのだ。  愛してやろうと天使が微笑むのを、拒否する理由がない。  これでこいつは僕のものだ。  だが、うっそりと微笑むメンリヴァーに、魔王は目を合わせることもなく、いつも通り表情のないままに答えた。 『──お前のエゴは、醜いな。綺麗だと言うなら……俺には、ライゼンのほうが、よっぽど綺麗に笑ってくれる……』  返事は、たったそれだけ。  理解した途端、カァッと怒りで頭に血が上った。  巻き返しも取り繕いもなにも考えられず、思いつくままに罵倒した。  この僕が醜いだと?  魔界の薄汚い小鳥の燃えカス風情が、僕より美しいだと?  ふざけるな。  ふざけるな。  ふざけるな!  メンリヴァーの心は憎悪に染まった。  自尊心の高い自分が特別に目をかけてやったのに、それを断るなんて許されるわけがない。  なのに憎しみを言葉に口汚く罵っても、目の前の男はなにも言い返さず表情も変えない。  背後に控える部下に小心者だと呆れられているのに、誰の態度も気にならないような孤独。いや孤高の存在。  計画は頓挫した。  追い詰めすぎた魔王は、もう心を開くことを諦めてしまったのだ。  唯一の付け入るスキがなくなった。  後はもう執着する物や人も誰もない。  なにも欲しがらないから、妖艶の魔王のように絵画に聖法を仕込んで内側から乱すこともできない。  謁見に何人か人好きのする天使を送ってみたが、どれも興味すら持たれず帰ってくる。  恋文を装って手紙を送ってみても、まるで信じる様子がなくなしの礫。  魔界においても、綺麗だと言っていた宰相にすら仕事以外関わらない。  弟のように気にかけている竜人にも、黙ってされるがままだが、自分から関わることはない。  今代も、駄目だ。  こうなっては、彼はなにも求めることはないだろう。従わせられる理由がなくなった。  諦めきった天界で、メンリヴァーは憎しみだけを胸の中に抱え続けていた。  それでもまだマシだった。  魔王がずっと孤独ならば、自分を拒否したわけではなく誰でもを拒否していたのだから。  なのに──この世界に国をなしている生物の中で、最も愚かで脆弱な種族を。  人間なんかを、愛したなんて。 「あはははっ! 魔王に誰かを愛することが、できるわけないじゃないか。貴様は孤独でなければならないだろう?」  そうでなければ報われない。  あれほど愛してやった男が、自分を置いて一人で幸せになるだなんて酷い話だ。

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