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第291話(sideアゼル)

 話を聞いた後。  俺が謝罪の代わりにありがとうと言うと、ガドは「可愛げがあるじゃねぇか、魔王〜」と笑って肩を組んできた。 「俺はシャルと魔王を見守ってあわよくばなでられ隊の隊長だかんなァ〜。見守り対象がいなきゃ、ダメだろォ?」  そう言ってニマニマと笑い、尻尾までも巻き付けて全身で俺に絡むガド。  ガドはいつでもガドだ。  嘘や冗談も言いずる賢いこともするし、わかりやすく人に優先順位を付けて贔屓する男だが、俺にもシャルにも出来ないことが出来るのが、ガド。  それは即ち、〝自分の大切な人に、エゴイスティックなワガママを言うこと〟。  ガドはシャルと俺と三人でティータイムをしたいから、また三人でいたいから、俺に噛み付いた。  ただそれだけ。  他に理由はない。ガドはバラバラが嫌だ。本当にそれだけなんだよ。  けれど素直になれない臆病な俺と、弱さを罪だと隠してしまうアイツを繋げたのは、間違いなくコイツのワガママだろう。 「…………」  ──トン。 「お?」  黙ってされるがままだった俺は、そっと腕を伸ばしてガドの肩に回す。  ガドと喧嘩をしたのは初めてだった。  俺のほうが強いとわかっていて、向かってきたのだ。  気持ちの上では、負けたと思う。  負けたのでは、従わなければならない。  肩を組みかえされたのが嬉しいのか、尻尾をゆらして擦り寄ってくるガドに、ボソリと告げる。 「なぁ……シャルは、嘘つきじゃねぇ。なら、まさか攫われたのか……?」 「おうさ。なんのつもりか知らねェが、十中八九天界にな。言っとくけど、魔王がダンゴムシみたいにめそめそ泣いて毒も忘れてバタンキューした間に、既に各軍に捜索させてるぜェ?」 「うぐ……っ! それは、まぁ、悪かったというか、悪かったしかねぇというか……」 「クククッ、だんだん元の魔王っぽくなってきてんなー。それで、どうする? ン?」 「…………」  首を傾げるガドをしっかりと目を合わせて、じっと見つめる。目の力もコントロールしないと、駄目だ。  俺が目を見つめても、ガドは言葉を待って逸らさなかった。  なにも気にした様子もなく、返事を待つ。  それがつまり、そういうこと。  あんな酷い喧嘩をしても、離れていかないものがもうここにあるのだ。 「俺はお前に負けたから、お前の希望を叶えるべきだ。──……お前の願いは、俺とお前と、シャルの……三人でティータイム、だったな……」 「!」 「シャルを、連れ戻してくる。記憶もアイツも奪還だ。そしてちゃんと謝って、今度は大事にするから、俺の隣にいろと言うぞ」  だってシャルは、俺の妃。  ──なら、俺のものだ。  ハッキリとそう言うと、ガドは一瞬目を見開いて、それからガバッと抱きついてきた。 「っ待ちわびた! 待ちわびたぞォ! よォしよしッ! それでこそ俺達の魔王だぜ〜ッ! 全ての配下に命じられるのはお前だけだ、俺達は一声で従うッ! まァさか一人で遊ぼうなんて、フザケたことは言わねえだろお〜ッ?」 「っ、馬鹿かお前ッ、俺の贖罪だぞ……ッ!?」 「馬鹿はお前だっ! あのなァ? 自分の愛したたった一人の人間の為に、丸ごと殺す気で天界に乗り込む。後先なんて考えない馬鹿で一直線で、笑えるくらい愛が重い。そんな、世紀のポンコツ魔王」 〝それが俺達の知るお前、アゼリディアス・ナイルゴウンと言う──絶対にアイツを誰にも渡せないエゴイスティックな男の愛し方だ〟  言い切られた言葉が示す俺は、自分だとしても呆れるくらい不器用で全力だった。  だが、しっくりくるな。  そのくらい愛してやらないと、鈍感なアイツは気が付かないだろう。  だから自分の愛が重くて、俺が息苦しくなると身を引きたがる。  愛されるというのは、失ってから笑えないくらい、温かく幸せだった。  シャル。  お前はこんな気持ちだったのか。  誰かに愛される幸福を覚えてしまったら、それがなくなると寒くて仕方ない。  ──俺は、寒さが耐えられないんだ。  ベッドからそっと降りて、バルコニーに続く大きな窓をガタッ、と開け放つ。  そして空を睨み、ハッキリと告げた。 「なら──そんな俺と一緒に、イカれた馬鹿になろうぜ」  奪われたものは全て取り返す。  悩む必要なんてなかった。  記憶も、アイツも、俺のものなのだ。  俺のものを返せと、天界に殴り込むぞ。

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