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第292話(sideメンリヴァー)
──誤算だった。
まさか記憶を失ったままで、人間を部屋から追い出した程嫌っているはずの魔王が、天界から使いを出す前に現れるとは。
それも、魔王城にある全軍のうち、城の守り手とほぼ二分した戦力を引き連れてやってきたのだ。
ありえない。
記憶を取り返すためだけなら、もっと早くに来ていただろう。
たかだか人間一人の為にあれだけの戦力を持ち出すなんて、それこそ理解不能だ。
真の目的はなんだ?
密偵からの報告によると、手薄になった魔王城の守護は駐屯地からも集結した陸軍が固めている。
そして天空の地である天界へ向かうことから、空軍が丸ごとここへ来たらしい。
天界は騒然としてとにかく城へできるだけ戦力を集め、可能な限り戦闘態勢を整えることしかできない。
時間が足りないのだ。
記憶の返還すらできていない。
この展開は天族の会議では、予想の中に入っていない。
表向きの来訪の理由は〝天界の神遺物についての手紙に返事がなかったので、直接伺いに来た。空軍は大規模演習を兼ねているだけ〟なんて言う、ふざけたもの。
過剰戦力だ。
警戒されても強行するという、無言の威圧を感じた。
記憶に関しては、神遺物が向こうの手にある以上問いただすことはできる。
人間について触れないのは、そっちは物理的に証拠がないからだ。
でなければ、降って湧いたような侵略者によって、天界の損害は馬鹿にならないだろう。
今天界にやってきた魔界軍の頭は──この世の種族で一番過激で強力である魔族の、更に上等な連中だから。
〝魔王〟
アゼリディアス・ナイルゴウン。
〝魔界宰相〟
ライゼフォン・アマラード。
〝魔界軍空軍長官〟
ガードヴァイン・シルヴァリウス。
そんな彼らが率いる、竜を筆頭とした空を舞う強力な軍魔達。
どう考えてもその人選は、敵対意志を持っているとしか思えない。
天族を葬るのに相応しすぎるじゃないか。
空軍長官は、触れれば死ぬ死毒の竜ヒュドルド。
もともと攻撃力で劣る天族が更に近接攻撃を封じられる上に、竜は外装の頑丈な生き物。
これでは殺す前に殺される。
魔界宰相は、種族能力で治癒魔法が使える不死鳥。
魔族では稀な治癒魔法を最高難易度までこなせるうえに、種族能力であるため治癒魔法で魔力を使わない。
つまり、死ぬまで無限に自分も仲間も回復できる。
殺し合いが終わらないのだ。
そして、魔王。
本気を出すことは非常に稀だが、彼とまともにやり合えるのは、天界において天王だけだろう。
傷を常に回復し続け、回復力を上回る攻撃を仕掛けても魔力量が異常なので、数秒で全快。
致命傷を与えても一段階上の姿に変えることで、全てなかったことにできる。
滅多に使わない剣は、ひとふりで周囲を切り裂く魔剣。
なのに彼は、剣技でなく魔法が最も得意なのだと言う。
不死身に近い魔王が、大規模殲滅魔法を何百と連発できるなんて、悪夢以外の何物でもない。
純粋な戦闘力が桁違いなのだ。
魔王とは、単体で最強。
なにかを守ることをしないのであれば、なにより強力な矛。
そんな生き物、ふざけている。
まともにやり合って勝ち目がないから、人質での脅迫なんて回りくどい計画まで立て、精神面に負荷をかけてきたんだぞ。
それが弱るどころかあんなにギラついた目で、敵地の真っ只中であり力の源である魔力スポットから離れたアウェイ──天界の城を訪ねてくるなんて。
誰が想像できただろうか。
本来なら万全を期してから、メンリヴァーが記憶を持って魔界へ赴き味方を装い、魔王の記憶をもとに戻す。
そして人質の存在を明かして、天王を説得するからと言う。
無駄に天族を刺激して人質を殺させないため、魔王だけついてきて欲しいと口八丁唆して、単身誘き出す予定だったのに。
──僕のものになるはずだったのに……!
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