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第295話
更に他の天使達の会話を盗み聞きして得た情報によると、今日は俺がさらわれてから二日後。
俺は丸一日眠らされていたみたいだな。
そして昼前に突然アゼル達は書簡の返答がないとわざわざやってきたらしいが、それにしては魔王本人にガド、ライゼンさん、更に空軍をまるごと引き連れてきたという。
政治には明るくないがどう考えても〝妙な真似をしたらただじゃ済まないメンツだぞ? わかるだろ?〟という圧力を感じた。
ちょっとお返事くださいの戦力ではない。
そして現在は書簡の返答である記憶の返還のために、彼らは玉座の間にいる。
だがあまり遅いと時間稼ぎが露骨すぎるので、人質もいることだからここはまず記憶を戻そう、となっているそうだ。
まあ、人質はいないんだがな。
意図せず、絶好のタイミングだ。
トラウマ級の激痛に耐えて手足を切り落とした甲斐があった。
前職が前職なので人よりかなり苦痛耐性に自信があるが、もう二度とゴメンだな。
俺とアゼルは二人だとなんだってうまく乗り越える。
息だってピッタリ。
だからこれも、頷ける。
が──記憶が戻ったわけではない、らしい。
「…………」
なら、これは最大の天界の予想外の動きだ。
俺にとっても、記憶のないアゼルが動くのは予想外である。青天の霹靂。
示し合わせたわけでもないのに、万全の体制を整える前に見事奇襲をかけられた。それに魔界側の動きが早すぎるんだ。
アゼルが俺との記憶が欲しくなったわけはないし、いったいなにが……、……まさか、俺か?
いや、いいや。
今のアゼルがあんなことがあったのに、数日かからず俺のことを手放しに信じて取り戻そうなんて思うわけがない。
一日考えたとしても、半日かからずここへ来るなんて。
もしそう彼が思ったのなら、それは……俺の知らないアゼルの一面。
「……まだまだ、俺はアゼルの本心を分かっていなかったのかもしれないな……」
お茶一杯分くらいしか心を開いてもらえていないと嘆いていたが、素直になれないアゼルは、それをうまく表せなくて冷たい言い方や態度を取ってしまうだけで。
本当は──俺のことを、もう少し。
「…………」
なんていうのは、自意識過剰か。
今のアゼルに恩人のシャルはいないのだ。俺は紛い物。
だけど、頬が赤いのは許してほしいな。
人目を忍んだ柱の影で、俺は火照った頬に手の甲を当てて、敵地のど真ん中に相応しい表情を繕おうとしばし目を閉じる。
ヒヤリとした自分の手が気持ちいい。
深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
「俺というのは……ちょっと、アゼルが好きすぎやしないか……? ……、まずいぞ……」
──……嬉しすぎる。
なあアゼル。
お前が記憶を奪われている間に、多分お前が俺を好きな気持ちよりも、俺はお前が好きになってしまったぞ。
思い出したら、早く追いついてくれよ?
結局天界に来てしまうなんて、せっかくしたいろんな覚悟が全部無駄だ、なんて悪態を吐きながら、俺の口元はそれは嬉しそうに緩んでいた。
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